黒田官兵衛

2021年9月 5日 (日)

本・関ケ原合戦全史 1582-1615 ② (2021/1)・渡邊大門

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第七章  関ヶ原合戦への道のり
第八章  関ヶ原合戦の開戦
第九章  東北の戦い
第十章  九州の戦い
第十一章 戦後処理と大名配置
第十二章 関ヶ原体制から徳川公儀の確立へ
おわりに
主要参考文献


第七章 関ヶ原合戦への道のり
進軍ルートである!
◆ 家康は東海道
◆ 秀忠が中山道
どちらが本軍なのか??
兵数より大名の質である!
どちらが本軍か??
これは家康が負けた場合のために
秀忠軍に徳川譜代の大名を付けた!

秀忠軍の方が本軍ではないかと?
そう言われている!!
その本軍が、真田に引っかかるのかと?

装備の面から考える!
「備」 戦闘単位!!
◆ 総大将の構える旗本備え
◆ 先備、先手備、中備、脇備、後備………
◆ 小荷駄隊

戦闘の手順!
① 鉄砲足軽の一斉射撃
② 槍部隊
③ 騎馬隊の突撃

両軍の違い??
秀忠軍は、信濃の大名も多い!
ではその役割は??
① 前軍、後軍の編成
② 役割が違う
③ 両軍は一体かつ不可分の関係になる
どちらが精鋭かの判断はしにくい!!
が個人的には、家康と秀忠の将の差がある!
豊臣の武断派を秀忠が使えるのか??
当然家康である!
だから秀忠の方に譜代が多い!!

この本では人質の話は出て来ない!
ガラシャの話もない!
まず伏見城攻防戦である!
鳥居元忠である! 奮戦する!
甲賀者の裏切りがあった!!
しかし圧倒的な兵力差で戦った!
死は覚悟しているが、攻める方も今一だった??
島津義弘が籠城への参加を申し出るが断られる!!
これは事実か??
この状況で、島津義弘ほどの武将が島津が参加しても勝てないことは分かるはず!
つまり後日の捏造か?? 最初から家康に付きたかったと!

〇 小早川秀秋の心中は??
① 上杉の反乱時、伏見城へ使者を送り家康に忠節を誓う!
② 兄、木下延俊の姫路城を譲り受けようとして拒否される
③ 家臣、稲葉正成、平岡頼勝は徳川方?
④ 稲葉正成の息子が家康に近習する
⑤ 三成からは、秀頼幼少時は天下を委任する
筑前、筑後、播磨に加えて、播磨一国を与える
⑥ 鳥居元忠に拒否される
⑦ 黒田長政らに使者を送っている
⑧ 心から西軍に服していない
去就に迷ったのは、秀秋だけでない!
伏見城に入場しようとしたが拒否される!
当たり前である! 城方にすれば、裏切られる心配がある!
ましてや攻防戦の最中に伏見城に入場出来るのか??

〇 脇坂安治・安元父子である!
播磨龍野である! 関ヶ原で裏切っている!
関ヶ原にも行っているが、大谷吉継の陣から小早川秀秋の陣が見える!
ここから攻め込まれたのか???
見えぬ目で見た!!
脇坂安治については、司馬遼太郎がよく分かる!
司馬遼太郎 貂の皮「新潮文庫・馬上少年過ぐに収録」
命をかけて出世した??

〇 阿波・蜂須賀家政は家康に付きたい!
阿波は一時毛利に占領される!

〇 丹後田辺城 細川幽斎
ここも真剣に攻撃したのか??
東軍に付きたかった武将もいる???

〇 毛利の伊予侵攻
関ヶ原の合戦後、撤退!

〇 伊勢 安濃津城の戦い
ここには九鬼家がいる! 吉川広家が攻める!

〇 北陸 前田利長
前田利長も兵数の割には今一か??
大谷吉継が活躍する!

〇 岐阜城 織田秀信
家康が江戸から出て来ない!
戦えば出動する! そう言われて福島正則は喜ぶ!
岐阜城攻めでは、池田輝政と先陣争いをする!
落城する!

〇 大津城 京極高次
関ケ原の合戦の勝利の一日前に降伏する!
しかしそこまで兵を引きつけたことを評価される!!

家康も三成も書状を出している!
いつも思うが、誰が運ぶのか??
見つかったらどうするのか???


第八章 関ヶ原合戦の開戦
家康は岐阜城落城を受けて
9月1日  江戸出発
9月14日 大垣到着
家康到着で東軍は士気が上がる!
秀忠の軍を待たずに開戦する!
それほど重要視されていなかった??

杭瀬川で島左近が小競り合いをする!
家康の選択は??
① 大垣城での決戦
② 西上して輝元との決戦

がここで家康、輝元の和睦がある??
毛利秀元に安国寺恵瓊は知らない!
井伊直政と本多忠勝、吉川広家である!
家康は関ヶ原に向かう………
関ヶ原は、関ケ原町と垂井町にまたがっている!
熱意が違った! ほとんど遺跡は関ケ原町にある!
しかし桃配山もそんなに人数が配置出来るのかと?
両軍15万である!!
こう言う場合、まず糞尿の心配をする!
そこら中に転がっていたのか??
石田三成は島清興に蒲生頼郷である!
地図が添付されているが、そこには蒲生郷舎とある!
ここらあたりはややこしい!

何故関ヶ原で戦ったのか??
境い目????
日本の中央だからか??
関ケ原の合戦が始まる!

〇 井伊直政と松平忠吉の抜け駆け
この章長い!!
戦法は名誉だと!
福島正則は譲らないと!
松平忠吉はそれまで登場しない??
関ヶ原で急に出てきた! それも抜け駆けで………
知っている話では、秀忠の代理だと????

しかし危険を冒してまで抜け駆けするのかと??
戦死の可能性も高い??
現に井伊直政は負傷している!!

著者の考えは?
井伊直政は先鋒を正則に譲って欲しいと要請した!
要は、抜け駆けは無かったと!!
妥当な考えであると思う!

〇 福島軍と宇喜多軍の死闘
弱体化したと言え戦意は高いと信じたい???
福島正則は切り崩されている???
乱戦だったようだが…………
しかし明石全登が活躍する!!

〇 小早川秀秋
宇喜多秀家の善戦も、秀秋の裏切りで崩壊する!
態度が不明なので、家康が鉄砲を撃たせた??
双方から良い条件を出されている!
ここでも黒田長政が調略している!
浅野幸長も説得する!!
と言っても会えるわけではない???
使者が行き交うが、バレるのではないかと思うが………
三成には、どうも戦力として期待されていなかった?
迷っていたが、問鉄砲は無かったようだ!!

〇 寝返った諸将
待遇が分かれる!
ここでは秀秋、脇坂安治、小川祐忠・祐滋親子を例に出している!
小川祐忠・祐滋親子は所領没収!
同じ裏切りでも評価が違う??

〇 黒田長政の奮戦
確かに奮戦している!!

〇 島左近の最期と西軍壊滅
鬼神のごときの戦いである!
が黒田隊の鉄砲により負傷する!
秀秋の裏切りで西軍は壊滅する…………
西軍で戦った諸将は落ち延びる………
秀家、小西行長、三成………
小西行長は記録が無いようだ…………
大谷吉継は腹を切っている!! 潔い!!!
長宗我部、長束、安国寺恵瓊は逃げる!!

毛利は輝元がすでに屈している!
それなのに、阿波や伊予に出兵して支配領域を拡大しようとした!
秀元の援軍要請にも応えていない!
秀元は戦う気があった!
が吉川広家がそうはさせなかった???
秀元は現実に関ヶ原を見ている!
この時、毛利が参戦しておればと言う気持ちがある!!
後に吉川広家に対してはきつかったようだが………


第九章 東北の戦い
政宗は上方より上杉討伐を優先させたい!
家康に出陣を願う!
すでに上杉を攻撃している!
政宗は引くに引けない???

〇 上杉は越後の一揆に侵攻がある!
まず越後に残っている旧臣に一揆を起こさせる!!
が失敗に終わる! 越後侵攻も頓挫する!
状況確認のための捨て石??

〇 小山評定後、江戸に引き上げる家康に対して追撃を主張した!
これも兼続に責任を押し付けるためではないかと?

〇 政宗の動向??
兼続は政宗を警戒している!!
「百万石のお墨付き」
家康も人が悪い! 守るつもりのない手形か??

これも「司馬遼太郎・関ヶ原」だが、
毛利家が東軍についても所領は安堵されないと!
恩賞として与える土地は取り潰さなければならない!
三成は計数に明るいのですぐに分かる!
政宗の百万石も与えられないはず?
なのにみんな信じたいことを信じる!!

〇 上杉の作戦は??
四方敵である!
佐竹善宜は味方か??
兼続の最上領への侵攻が始まる………
この攻めも、少し熱が入っていなかった???
政宗に救援を依頼する!
兼続は長谷堂城を攻撃するが落とせない!
兵力を温存したのか???
関ヶ原の結果が届いたのはいつか??
9月29日と言う…………
兼続は最上領から撤退する!!


第十章 九州の戦い
「滝口康彦・西の関ヶ原」は面白かった!
ちょっと悲しい感じもしたが………
九州は西が多い!!
東は黒田官兵衛と加藤清正??
杵築城主、松井康之もである!
他は西が多い!!
大友家再興をかけて大友吉統が兵を挙げる!
大友吉統は輝元の命を受けて豊後に入部する!
豊後を力で奪回しようとしたのではない!

黒田官兵衛はこれをチャンスと見て、家康に切り取り次第との約束を貰う!
兵は有名な銭で集めた………
清正とは強固な協力関係にある!
官兵衛は大友吉統を引き入れようとする!
大友吉統は旧臣らが集まってくる!
五,六千人の兵だと!!

杵築城は重要である!
官兵衛は大友吉統を捕らえる!
大友氏は諸説があるが滅亡する!!

官兵衛の策は??
① 小倉城を落とし、広島を狙う
② 備前を長政に与えて、官兵衛は別家を立てる
③ 清正と勝ち取った領土は自分のものにしたい!
二人は九州制圧を目論んだ!
それは薩摩を除いて成功する!!

立花宗茂が帰国しているが、降伏させる!
鍋島勝茂は裏切っている!

家康の薩摩侵攻作戦! 
毛利輝元に攻撃させる?
が、薩摩のなりふり構わない弁明がある!
黒田長政も仲裁する!!
薩摩攻撃は中止になるが、清正が抗議する!
結局は切り取り次第は認められないようだ!
政宗と同様か………


第十一章 戦後処理と大名配置
まずは、薩摩の関ヶ原からの脱出である!
その後、領地の配分が決まる!

① 毛利輝元は周防・長門の二カ国
② 安芸・備後は福島正則に
③ 細川忠興は30万石相当を豊前に
④ 山内一豊は土佐を
⑤ 島津はまもなく解決する
⑥ 東国も兼続が使者を出したので解決する
⑦ 前田利長には加賀一国を
「領地宛行状」は政治的理由で出されていない?

勝者の加増は?
① 結城秀康  越前75万石
② 松平忠吉  尾張52万石
③ 蒲生秀行  会津60万石
④ 池田輝政  播磨52万石
⑤ 前田利長  加賀129.5万石
⑥ 黒田長政  筑前52.3万石
⑦ 加藤清正  肥後51.5万石

加増に関しては確認している!
福島正則は過分であると!
黒田長政は四国2カ国と筑前かを選んだ!
外様大名は西国へ追いやられる!
それに対して一門、譜代は大幅な加増になる!!
この中で豊臣は摂河泉の一大名になった??
がまだ全国に飛び地はあったようだ!

伊達政宗の書状によれば、秀頼を立てて挙兵する者がいるかもしれない!
秀頼は家康が養育すべきだと!
まだ秀頼には威光があった???

西軍の武将は??
◆ 石田三成  捕らえられた説は諸説ある
◆ 安国寺恵瓊 逃亡生活の上捕まる
◆ 小西行長  キリシタンで自害せず
この3人はスケープゴードにされる!

◆ 毛利輝元  大幅な減封!
黒田親子が救おうとする!
が輝元の背信行為を責められる!
グレーゾーンでたいがいの人間にはあるが………
領地没収で広家に1.2国与える???
これの不満を唱えると毛利家が取り潰される!
結局、長門・周防の2カ国を与えると!
責任は全て安国寺恵瓊に押し付ける?

◆ 伊達政宗 
「百万石のお墨付き」は反故にされる!
やり過ぎではないか??
家康の方が一枚上だった!!

◆ 上杉景勝と直江兼続は??
1/3の知行になる………
ここも兼続に責任は押し付けられる??
堺屋太一言う、減らしたとは言え、家は残った!
毛利と同じく、成功ではないかと!

◆ 宇喜多秀家
薩摩に逃れる!
秀家は首謀者ではない!
殺すまでもなかった??
いずれ復帰できると思った!
薩摩はかばう! 島津と家康が和睦する!
結局許されて、八丈島に流される………
経済的には苦しかったようだ!
かっての旧臣たちが援助したようだ!
福島正則の家臣がたまたま流れ着いて酒を渡した話は出ていない?
敗者でありながら誰よりも長く生きた!!
この男だけが、養父の期待に応えたと!!

第十二章 関ヶ原体制から徳川公儀の確立へ
関ヶ原後、家康は征夷大将軍になる!
それでも秀頼と家康の双方に訪問していた!
が家康が秀頼を訪問しなくなる!
2年後、秀忠に将軍職を譲る!!
以降、忖度が始まる!
秀頼の訪問が少なくなる!
でも家康はそれなりの配慮を見せていた!

家康の政策??
◆ 鉱山の直轄化  大久保長安?
◆ 都市部への奉行配置 
◆ 京都所司代の設置 外様大名の監視
◆ 諸大名と姻戚を結ぶ
◆ 秀頼の関白就任を妨害する???
◆ 武家官位の推薦県の独占
◆ 御前帳と国絵図の徴収 城もか? 丸裸になる!
◆ 江戸城の天下普請 秀頼も協力する?
◆ 駿府城の普請
◆ 「五百石夫」 五百石で一人の人夫を出す
◆ 秀頼は外されるが………
◆ 改易と大名配置 対秀頼対策
伊賀 筒井貞次の改易と藤堂高虎の入封
丹波 前田茂勝の改易と松平康重の入封
10万石以下の家康派の大名を配置している!
◆ 後陽成天皇の譲位!
家康が上洛し秀頼と会見する!
二条城である!
加藤清正、浅野幸長、福島正則らが説得する!
◆ 三ヶ条の法令の誓約
徳川幕府を意識させる!
しかし秀頼は署名していない!
◆ 二重公儀体制??
たしか信長と義昭もそう言われていた??

家康は豊臣政権を温存しながら徐々にその権限を吸収した!
豊臣家の影響力は小さくなる!!
家康の遠謀が実った???

最後に「司馬遼太郎・関ヶ原」である!
最後に京に来た黒田官兵衛が言う!
あの男は成功した!!
秀吉亡き後、
三成ほどの寵臣が家康に走ったらどうなっていたか?

世の中の秩序が無くなる????
個人的には、三成の笹尾山の陣で関ヶ原を見た!
無念だっただろう……… 大谷吉継もである!!


おわりに
諸説、珍説は省いたと!
良質な一次資料を参考にしたと!


主要参考文献

 

関ケ原合戦全史 1582-1615 ② ・渡邊大門

 

2021年9月 4日 (土)

本・関ケ原合戦全史 1582-1615 ①(2021/1)・渡邊大門

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●「家康を筆頭とする五大老は、石田三成ら五奉行より上位」は誤り
●直江兼続が家康方に宛てた「直江状」は、完全なる偽文書か
●「小山評定はあったのか、なかったのか」を詳細に検討する
●関ヶ原開戦時の、井伊直政と松平忠吉の「抜け駆け」の真相
●西軍に与した小早川秀秋の心は、以前から家康に向いていた
●九州を席巻した黒田如水の驚嘆すべき「広島制圧プラン」
●東軍勝利は、豊臣家没落を意味したわけではなかった


関ヶ原合戦(1600年)はわずか半日で終結した戦いだが、この戦の遠因は、
本能寺の変(1582年)を経て秀吉時代になって以降の、
独裁体制のひずみと諸将間の確執、各大名家の家中問題にあった!
本書では、秀吉の晩年から、五大老五奉行による政権運営時代、
会津征討、関ヶ原本戦、東北・九州の戦い、家康による戦後処理、
豊臣家滅亡による「関ヶ原体制」の終焉(1615年)までの実態を、
良質な一次史料と最新研究を用いて解明!

後世の編纂物などの二次史料に影響されがちな関ヶ原合戦史を訂正し、
今語りうる史実の全体像をつまびらかにする!


秀吉の晩年・没後の政治状況
七将による石田三成への襲撃
諸大名が抱える家中問題/動揺する上杉氏
「直江状」の真偽をめぐって
家康の会津征討
関ヶ原合戦への道のり
関ヶ原合戦の開戦
東北の戦い/九州の戦い
戦後処理と大名配置
関ヶ原体制から徳川公儀の確立へ



はじめに
第一章 秀吉の晩年・没後の政治状況
第二章 七将による石田三成への襲撃
第三章 諸大名が抱える家中問題
第四章 動揺する上杉氏
第五章 「直江状」の真偽をめぐって
第六章 家康の会津征討


第七章 関ヶ原合戦への道のり
第八章 関ヶ原合戦の開戦
第九章 東北の戦い
第十章 九州の戦い
第十一章 戦後処理と大名配置
第十二章 関ヶ原体制から徳川公儀の確立へ
おわりに
主要参考文献


はじめに
学生時代に図書館で「司馬遼太郎・関ヶ原」を読んだ!!
感動ものだった!!
40年以上前だった………
テレビドラマ化されたが、このキャストは良かった!
石田三成  加藤剛 
島左近   三船敏郎
本多正信  三国廉太郎
福島正則  丹波哲郎
豊臣秀吉  宇野重吉
前田利家  辰巳柳太郎
鳥居元忠  芦田伸介
皆亡くなっているが………

本に、ドラマに影響を受けている!
時代が進むにつれて、この時の常識が無残にも崩れていった………
しかし、人物描写は群を抜いている!
司馬遼太郎の影響が大きかったのは、藤堂高虎!!
この本ではあまり出て来ないが………
その常識が崩れていくが、人物描写は生きている!
著者らによって、こう言う状況だったと理解はしているが、寂しい!!
◆ 直江状の真偽
◆ 七将による三成襲撃
◆ 小山評定
◆ 忠吉と直政の抜け駆け
状況を再確認する!!


第一章 秀吉の晩年・没後の政治状況
これも司馬遼太郎である!「豊臣家の人々」
養子に取り立てた中で、養父の期待の応えたのは、宇喜多秀家のみと!
秀長、秀次、秀勝、秀康、秀秋…………
南條範夫が言う、家康の子供は性格が分かれる!
信康型と秀忠型??
10人近くいれば出来不出来もある!
秀吉は負けている!!

秀吉の遺言
① 五大老は互いに姻戚関係を結び、遺言を守る
② 家康は3年間在京する
③ 五奉行の3人伏見に置き、家康の監視をする
④ 2人は大阪城
⑤ 武家衆の妻子も大阪に住む

豊臣家の政治体制!!
◆ 五大老
◆ 五奉行
◆ 三中老
この大老と奉行の関係は??
大老は江戸時代のイメージである!
大老と奉行では、奉行の方が低い!
実際は、実際は逆のようだ!
石田三成は「五大老」を「奉行」と呼び、
自分たちを「年寄り」と呼んだ!

五大老連署による「五つの掟」
① 諸大名の許可のない婚姻を禁ずる
② 諸大名の製紙の交換を禁止する
③ 喧嘩口論は我慢した方に理がある
④ 双方が無実を言えば究明する
⑤ 乗り物に乗れる人間は限定される

五大老の職務
① 朝鮮からの撤兵
② 内乱の対応
③ 諸大名に領地を与える

五奉行の職務
主要都市の支配 京都・大阪・堺・長崎
秀吉亡き後、家康の家康派の婚姻が違反になる!
これに最終的には家康は屈する………
人間が集まれば派閥が出来る!
◆ 毛利輝元と4奉行、石田三成、長束正家、増田長盛、前田玄以
◆ 前田利家、浅野長政、宇喜多秀家
◆ 婚姻では家康支持派も多い! 

五奉行の方が力があった???
三中老は??? これこそあったのかどうか??
それなりの武将だが、七将ほどの実力はないと思うが………


第二章 七将による石田三成への襲撃
七将は??
加藤清正、福島正則、黒田長政、浅野幸長、細川忠興までは一緒である!
残り2名である!
藤堂高虎、蜂須賀家政が有力視されている!
加藤嘉明、池田輝政と思っていたが………
脇坂安治は?????

ここでのメインは、七将の三成襲撃である!
やはり司馬遼太郎・関ヶ原が劇的である!
小説では、飛び込んできた三成をどうするのか??
井伊直政が殺せと言い、本多正信が止める!!
そんな場面はなかったようだが………
ではどう言う場面があったのか???
前田利家が亡くなる!
いわゆる七将と三成の朝鮮の役における対立である!!
加藤清正と小西行長である!
同じく、黒田長政と蜂須賀家政の恨み??
この時の目付は三成の身内である!
ここから七将の三成襲撃になった!
三成は伏見の自分の屋敷に立て籠もった??
増田長盛に、長束正家も同じである!
この時、家康は仲裁した?
これを黒田長政らが受け入れて、三成は佐和山へ退き引退した!

当時の七将は??
◆ 藤堂高虎は大阪に
◆ 福島正則に細川忠興は積極的ではない
となると、積極的なのは、加藤清正に黒田長政と蜂須賀家政か?
これにより、三成と輝元の間にひびが入る??
三成と家康の間も敵対はしていない??
三成襲撃は、家康派と三成・輝元派の対立か?
が、家康が政権中枢に躍り出た!!
家康が家康与党を形成する!
書状、起請文が残っている!
島津、伊達、細川忠興………

黒田官兵衛、長政と吉川広家は良好以上の関係である!
① 公私とも問題が起これば相談すること
② 話は一切口外しない
③ 裏切らない
では何故この文章が漏れているのか??
広家と浅野長政は殿中で殴り合いの喧嘩をした?
これも家康が仲裁したようだ!!


第三章 諸大名が抱える家中問題
家臣団の統制!
◆ 国衆型家臣 小さいながらも一種の独立した勢力 
◆ 家中型家臣 昔から仕えている官僚型
毛利、島津、宇喜多家を例に挙げる!
国衆型家臣が問題である!
力あるので統制しにくい!
信玄や謙信でも逆らわれている!

〇 毛利は両川がある!
吉川に小早川である!
鎌倉時代の大江広元である!
小さな国人に過ぎず、大きくはない!
絶対的権力を持っていたわけではない!
立ててやってやるんだと!

元就は吉川、小早川に養子を送り込む!!
吉川元春の小早川隆景である!!
備中高松から撤退時、秀吉追撃を主張したのは元春で、
止めたのが小早川隆景と言う!
元春は勇猛である!
が、九州で元春、元長と亡くなり、三男広家が家督を継ぐ!

小早川隆景は実子が無く、秀秋を養子に迎える!
黒田官兵衛の策謀があったと言うような話は当然出て来ない!
輝元も実子がいなくて、元就の四男の子を養子に迎える!
毛利秀元である! が実子が出来て反故になる!
別に領土が与えられる? 秀吉の死で反故にされる!
秀元が輝元に起請所を出す!
① 秀吉の命があっても元就に従う
② 輝元から伺ったことは他言しない
③ 後継者、秀就には忠誠を尽くす
結局輝元は、後継者問題を有利に運ぶために五奉行に接近する!
毛利の体制は崩れる??
吉川広家と、安国寺恵瓊の体制になる???

黒田家官兵衛と長政は広家と昵懇んである!
浅野長政と吉川広家が対立した?
司馬遼太郎によれば殿中で殴り合いの喧嘩をした!
これを黒田親子が仲裁し急速に近づく?

毛利輝元で知っている話は事実か??
◆ 季節外れの桃を秀吉に献上するが、
三成が体調不良でも起こしたどうなのかと取り上げなかった!
◆ 家臣の刀を三成が欲しがった! 
それを直ぐに三成に渡すようにと!
秀次も見ているので欲しいと言われたら困る! 三成は大事な人だと!

堺屋太一が紹介しているが、輝元の立場が分かる感じがする!

〇 島津家である!! 名門である!!
島津も盤石ではない!
九州は3強か????
竜造寺、大友、島津!!
竜造寺が没落し、大友、島津の2強になる!
島津は大隅の肝付氏を滅ぼしている!
権力構造も盤石ではない!
大友は秀吉に救援を依頼する!
島津は秀吉に服従せずに戦うが負ける!
局地戦では勝っているが………
日向耳川で大破し、秀吉に臣従する!
これで薩摩、大隅、日向の一部に押し込められる!
4人兄弟で、歳久が梅北国兼の無謀な乱の責任を取らされる!?
家久も病死する??
結局残った義久と義弘の兄弟が対立している!
これは「山内昌之・嫉妬の世界史」が詳しい!
兄弟の対立である!

「庄内の乱」 伊集院幸侃(忠棟)が誅される!
秀吉に気いられて発言権を増す!
後継者にも口を出す!
これに対して、息子忠真が迷いながらも徹底抗戦の道を選ぶ!
12の支城に守られた都城に8,000の兵で立て籠もった!
8,000と言えば大きい! 
20万国で6,000と理解している!

これだけ長期に兵糧を確保できるのか??
加藤清正らの支援を当てにしている!
家康はこの討伐を認めた!
義弘は長期化で家康の介入を恐れ和睦する!
当然ながら、伊集院一族は、後日滅ぼされる??
家中が弱体化したまま関ヶ原に突入する!!

〇 宇喜多秀家である!!
宇喜多秀家は貴公子と言われる!
お坊ちゃまである!
宇喜多直家が悪の代名詞みたいに言われる!
この宇喜多騒動については一次史料がない??
二次史料から読み解く!
国衆型家臣と家中型家臣の対立である!
力のある国衆が多い!!

が、宇喜多家を運営するには能力のある家臣が必要である!

前田家にいた中村次郎兵衛が担当するが、討たれる!
死亡したとされているが実際は生きていたようだ1
この衝撃者の名前が分からない!
事件後70名が去る………
研究によりある程度分かって来ている!
宇喜多一族らに重臣で合計10万国に及ぶ!
ひとりは大阪の陣で千姫を救い出すお騒がせ男である!
宇喜多詮家???
キリスト教???
検地による苛酷な年貢の取り立てがあるとされる!
はっきり書かれていないが、明らかに家康の宇喜多家弱体の陰謀である!
国衆型家臣がまだ多い!
これを家中型家臣に変革しようとして対立した!
これを家康が利用したのか??
宇喜多家を出た家臣は家康に保護されている??
もともと秀家は秀吉に権力を支えられた!
家中に親家康派がいても不思議ではない!
その対立があった!
じっさいは家康の介入を許し弱体化した??
が、不満分子がいなくなり強化された????
実際関ヶ原の初戦では、明石全登により福島正則は切り崩されている!
よくある疑問に宇喜多秀家は精鋭だったのか???
無理がありそうであるが、関ヶ原では善戦以上であったと!!


第四章 動揺する上杉氏
上杉謙信も家臣の離反には苦労している!
一時は家督をほりだして高野山に出家しようとした??
東北の抑えで会津に転封になる!!
越後90万石から会津120万石である!!
直江兼続が国替えを主導する!
この時に、旧越後領から年貢米を持ち去った??
これが越後に来た堀家と揉める元になる!
この本では出て来ないが、先に蒲生家が会津の年貢米を持ち去ったと!
文句があるなら蒲生家に言えと!!

秀吉亡き後景勝は帰国する!
それは認められている!
がこの時に家康暗殺のウワサが流れる………
前田利長である! 嘘くさいが………
これを家康は利用する!
前田家攻撃を命じる!!
が、前田家は屈服する!!
家康は大阪城に入る!

景勝は領国整備に乗り出している
新城、神指城を作り、支城で固める!
これが戦準備と見られる!
重臣、藤田信吉が家康の元に走る!!
同様に栗田刑部もである!
栗田刑部は討たれたと言うが、生き残ったようだ!
歴史からは消えているが………
藤田信吉は上杉の中での自分の位置に不満を覚えた!
ジリ損か???
越後の堀氏は反上杉か??
越後の年貢米を取られて、百姓も会津に行く!
百姓は動くことは禁止だが、曖昧な立場の武士がいる!
これらは会津にも行く!
従って、耕作されない土地も多い!
相当苦しかったようだ!
これが讒言になる!!
① 名のある牢人を集めている
② 8万の人夫を動員して、神指城を築城している
③ 道や橋を整備している
④ 馬、弓矢、鉄砲をそろえている
時期的には説があるようだ………

景勝は家康を敵対視していた!
腹心の西笑承兌から直江兼続に書状を出す!!
西笑承兌は兼続と親しい!
零社之起請文を出せとある!
考えとして、天下を狙うより、豊臣政権の枠組みを尊重していたと!!


第五章 「直江状」の真偽をめぐって
直江状は写ししか残っていない!
本書はない! だから真偽が問題になる!
それほど重要なものなのだと?
「藤沢周平・密謀」
この中に、兼続が返事を書く時、硯とたっぷりの水を用意せよと!
文面が紹介されているが、そりゃいるだろう…………
写すだけでも大変である!!

長い文章である!!
そりゃ硯もたっぷり必要だろう………
追而書(追伸)が問題である!
これは後世に書かれたものだと!!

検証がある!
◆ 書状の形式、様、殿、公儀、上意
◆ 用紙、筆跡
◆ 字句や文言
◆ 発信日時

この内容については議論が多い!
◆ 否定的意見が多い! 偽物だと!!
◆ 肯定的意見は留保が多い!
内容は正しいのではないか?
写すときに間違いはある??
あってはならないが、省いたりする?

直江状は挑戦状ではなく、上杉の立場を説明している!
しかし文章に不自然な文言がある!!
研究者も苦労が多い!!

景勝は上洛しようとしていた??
が、堀家の讒言を信じた奉行に早急の上洛を求められ、
その日時をめぐって要望が認められずに、家康と戦う決意をする!

写された直江状の原本はあるのか???
どうもなさそうである!
創作ものだと!
景勝が上洛を拒否したので、討伐を決意したと!
直江状は原本があり改ざんされた???
でもなさそうである!!

「司馬遼太郎・関ヶ原」
天下の庶民には期待がある!
前田利長は屈服する!
が義に生きた謙信以来の家風がある!
上杉主従は違うだろうと!!
その期待を背負っている!!
逆に前田家のように屈服すれば、家が持たない!
その為には、一戦も覚悟していた!
家臣もそれを望む!!

そう言う空気があった???
しかし直江家は断絶している!
上杉の減封の責任はやはり景勝にある!
しかしその責任は兼続に押し付けた!
その為に責任を押し付けるものが必要になる!!
それが直江状か????
それが後世に残される…………
夢が無くなる!!


第六章 家康の会津征討
三成と兼続の事前盟約あったか??
小説ではあったとされる!
一緒のハイライトである!
が、結論を言うと無かった………
そう言う空気はあったかの知れないが………

三成は真田昌幸を頼りに、上杉に接触する!
それだけでも事前の連絡は無かったと!!

三中老が会津出兵を諫める!!
この書類が三中老の唯一の書類と言う!
結論を言うと信じられない!!
たしかに五奉行と五大老の間を取り持つには力不足である!
この重要な時期にしか出て来ない????

6月には会津討伐を決意している!!
攻め口がある!
◆ 白河口  家康・秀忠
◆ 信夫口  政宗
◆ 米沢口  最上義光
◆ 津川口  前田利長
◆ 仙道口  佐竹善宜

伏見から江戸、小山へ行く!!
そこで三成挙兵を聞く!

この時に、「二大老、四奉行」体制が始まる!
輝元、秀家の二大老!
三成、長盛、正家、玄以の四奉行!

当初は、輝元に三奉行は三成、吉継に同調せずと!!
家康はこれで安心する!
が、実際は輝元はやる気満々だった!!!

問題の小山評定になる!
主なものは二つ!!
◆ 福島正則の味方するとの発言
◆ 山内一豊に城を家康に提供する
黒田長政が正則を説得する!!
書状の日時から判断する!!

著者の判断である!
家康は自分に近い武将を上杉討伐に連れて行っている!
きちんと状況を説明して、三成討伐を決めた!
そんなみんなを集めての会談は無かった???

「西軍」「東軍」 便宜上そう言うが当時はそう呼んでいない!
ではどう呼ぶのか??
◆ 石田三成・毛利輝元連合軍
◆ 徳川家康主導軍
もはやそう言っても無理がある??

では何故関ヶ原は起こったのか???
家康には政権奪取、天下取りの野望は無く、
豊臣家の中での発言権を高めることにあると!
しかし宇喜多騒動、薩摩の「庄内の乱」で大名は危機感を持つ!
内政干渉されると!!
反徳川の機運が高まる???

 

関ケ原合戦全史 1582-1615 ①・渡邊大門

 

2021年1月29日 (金)

本・考証 明智光秀(2020/5) ①・渡邊大門,・片山正彦他

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出自や正確な生年月日さえも未だにわかっていない明智光秀。

しかし、光秀が戦国の世に生きた証しは少なからず残されている。
本書では光秀に関する14のテーマを取り上げ、
一次史料を駆使しながら、伝説や物語とは一線を画した等身大の光秀像を描く。


大変楽しい内容である!
「本能寺の変」の作品は嫌とほど読んでいる!!
最近の四国問題の解説も良く分かる!
重複すところも多いが、少しの意見の相違もある??
よくまとまっているし、読みやすい!
内容は下記の通りである!!  ① ②と分けて紹介する!!



はじめに
第一章  明智光秀は美濃土岐明智氏出身なのか(木下聡)
第二章  明智光秀と足利義昭・細川藤孝(山田康弘)
第三章  明智光秀と近江(渡邊大門)
第四章  明智光秀と京都支配(秦野裕介)
第五章  明智光秀と信長配下の部将との関係──筒井順慶・細川幽斎を中心に(片山正彦)
第六章  明智光秀の丹波攻略(渡邊大門)
第七章  明智光秀の丹波支配と国衆(福島克彦)


第八章  明智光秀と織田信長の四国政策(須藤茂樹)
第九章  天正九年六月二日付け明智光秀軍法(長屋隆幸)
第十章  明智光秀の茶の湯(八尾嘉男)
第十一章 明智光秀の連歌と教養(渡邊大門)
第十二章 本能寺の変の諸説を語る(千葉篤志)
第十三章 本能寺の変後における明智光秀と朝廷(堺有宏)
第十四章 山崎合戦の性格(柴裕之)
おわりに
執筆者略歴


はじめに
2020年 大河ドラマ「麒麟がくる」
明智光秀関連の書籍が沢山発行されている!
光秀の時代、信長の研究が進んでいる!
一次史料に基づいた執筆を心がけて、光秀の真の姿に迫る!!


第一章  明智光秀は美濃土岐明智氏出身なのか(木下聡)
家柄、出身地は確定していない!
光秀は明智を苗字とする!
明智と言えば土岐一族!
土岐一族だから美濃出身???

「ツマ木」??????
信長の側室??
単なる女房衆の一人?
光秀の妹と言われる??

他にも出身地はある!
◆ 近江出身
◆ 若狭出身

明智は、土岐一門の有力な7家の一員である!
通字がある!
足利家は、義!
織田家は、信!

光秀の明智一族は、頼を用いるが、光秀の父と思われる人は、光が付く!
光国、光隆、光綱???
足利幕府の、足軽衆?? 奉公衆であれば、家柄がモノを言う!
足軽衆とすれば、土岐一門としても傍系なのではないか?
直系ではないようだ………


第二章  明智光秀と足利義昭・細川藤孝(山田康弘)
「大河ドラマ・麒麟がくる」
義昭がこれほど好意的に描かれた例は無いと言う??
足利将軍は無力だったのか??
献金も頼めばしてくれる!
越前朝倉氏、伊勢北畠氏、駿河今川氏、河内畠山氏、
能登畠山氏、周防大内氏、豊後大友氏………

細川藤孝??
司馬遼太郎が言う!
足利、織田、豊臣、徳川と生き抜いた??
文化人である??

ここでは出てこない!  こういう確証性のない話は載せない!!
智慶院が将軍足利義晴の子をみごもったまま晴員に嫁いで幽斎を生んだ??
事実ならば足利義輝、義昭の庶兄にあたる???
三淵氏から和泉守護細川元常の養子に入った??
ではないと!!
近江源氏佐々木一族であり、8代将軍足利義政の近臣となり、
活躍し細川名字を賜った!

光秀は、越前朝倉氏のところにいて、義昭に仕える!
義昭は尾張の信長を頼り、上洛し15代将軍になる!
この時には義昭の家臣である!
義昭の家臣と言うより、信長の家臣として活躍する!
しかし信長と義昭は対立する!
「5ヵ条の条書」
これもどうなのか? 本当に義昭は認めたのか??

信玄西上で、義昭は反信長陣営に参加する!!
が信玄は死ぬ!
挙兵したがあっという間に負ける!!
息子を人質に出し、追放される!!
紀伊から備後鞆に行く!
そこから信長打倒の号令をかける!!
「信長一強、一強他弱」
◆ 信玄に次いで謙信も死ぬ!
◆ 反信長の連携が上手く行かない! 蘇秦はいたのか?
◆ 武田勝頼が滅びる!
◆ 光秀は丹波攻略である!
こうして本能寺に向かう!!

光秀は義昭と連携したのか??
可能性はあると!
荒木村重も叛乱は、義昭の上意による行為だと!!
そうして汚名を避ける??
光秀も同じことを考えた??

本能寺の変の前に連絡は取れていた?
それは無いと??
ただ光秀が、主殺しの汚名をやらげるために、
自分で連携があったと言う可能性はある!!
証拠はないが………


第三章  明智光秀と近江(渡邊大門)
光秀の近江出身説がある??
屋敷跡もある???
信長の朝倉攻めで、浅井長政が裏切る!!
この時信長は逃げる?
しんがりは光秀と秀吉??? 池田の名前が無い!

浅井朝倉と信長の戦いは、総力戦になっている!!
本願寺がこの危機に信長との戦いを門徒に命じる!
朝倉、浅井、本願寺の連携である!

朝倉、浅井は、本願寺の挙兵に三好三人衆!!
長島の一揆で弟が戦死!!
比叡山が問題である!!
これはお互い事情で、勅命講和になる!!
講和が潰れるのは時間の問題である!
比叡山焼き討ちである!
光秀は熱心にやったと!
信長は無神論者だからやったのではない!
本願寺に、比叡山は、
宗教者としての本分を守らずに、

歯向かったからである!!

光秀は坂本城を与えられる!
義昭も「遠交近攻」か??
越後や、甲斐、中国が頼りか?
畿内の信長を討つ!!
義昭挙兵であるが、屈服させられる?
朝倉浅井攻めである!!
浅井久政、長政の首に箔濃を施し、家臣に披露する!
これは残虐な行為とされるが、首に敬意を払っただけだと?

光秀の近江支配の記録は少ない!
山門領など寺社領を横領している!!
光秀近江出身説は、地元を中心に広がっている………


第四章  明智光秀と京都支配(秦野裕介)
「京都代官」 メンバーは?
◆ 村井貞勝
◆ 佐久間信盛
◆ 丹羽長秀
◆ 明院良政
◆ 木下秀吉

光秀の仕事は??
◆ 朝山日乗との協働
◆ 加茂荘の軍役をめぐる木下秀吉との協働
◆ 中川重政・丹羽長秀・木下秀吉との協働
◆ 光秀の単独文書
◆ 松田秀雄・塙直政・島田秀満との協働
  塙直政は蘭奢待切り取りである!
◆ 義昭との決別
◆ 村井貞勝との協働
◆ 光秀は近江も担当し、軍事指導者と行政責任者を担当する!
◆ 三淵藤英の処遇と旧幕臣の取り込み
三淵藤英の切腹を見とどける!
摂津晴門の扱いは小さい………

信長は、家臣に名前を与える!
◆ 光秀   惟任日向守
◆ 丹羽長秀 惟住
◆ 秀吉   筑前守
◆ 塙直政  原田備中
◆ 村井貞勝 長門守
◆ 簗田広正 別喜右近
九州が標的か??
光秀は、坂本と亀山に城を持ち、姜のキャリアは終わる!
丹波攻略である!!


第五章  明智光秀と信長配下の部将との関係──筒井順慶・細川幽斎を中心に(片山正彦)
筒井順慶と細川幽斎である!!
どちらも本能寺の変後、光秀は当てにする!
かりに順慶が1万の兵を率いて
光秀側についたらどうなっていたのか?

光秀と幽歳の関係は古い………
ここでは省く!
順慶はどうか??
順慶は弾正の後の、塙直政が戦死して大和に入れられるが、その頃からの付き合いか?
もっとも順慶は大和興福寺の出か??
どちらの武将も信長に厳しく使われている??

本能寺の変前の動向である!
光秀は、愛宕山で二度三度と籤を引く!
そうして連歌である!!
本能寺の変後、順慶は光秀に味方するつもりだった???

幽歳はどうもはじめから無理と悟った!
光秀の説得にも応じず、忠興とも剃髪して、たまを離縁する!

「洞ヶ峠の日和見」
順慶はここへは兵を出していない!
秀吉のあまりの速さに迷う!
洞ヶ峠に来たのは、光秀かその軍勢であるのに、
順慶が来たようになっている!

まるで順慶が悪者である!
順慶は、大和一国を安堵される!!
それなりに評価されたようだ………


第六章  明智光秀の丹波攻略(渡邊大門)
丹波攻略を有利に運ぶが、裏切られる!
丹波八上城の波多野秀治である!
信長は光秀を責めていない!!
各戦線をまわり、再度丹波攻略にかかる!
播州三木も、摂津荒木村重もそうだが、
丹波も毛利を当てにしている?

そして叛乱する………
この時期は信長も焦ったのではないか??

八上城攻撃も三木城と同じく兵糧攻めである!
落城寸前になる!!
◆ 助命と退城を懇望してきたと!
◆ 400、500人が餓死
◆ ひとりも打ち漏らさず八上城を落城させる!
◆ 要害、塀、柵、逆茂木を張り巡らせて落城を待つ

光秀は長い年月をかけて、丹波を攻略する!
丹波を支配する!
◆ 亀山を本城に、
◆ 八上城  明智光忠
◆ 黒井城  斎藤利三
◆ 福知山城 明智秀満

光秀の丹波攻略は??
◆ 天正3年8月開始
◆ 義昭、毛利、本願寺に通じている!
◆ 八上城攻撃は、天正6年9月からで、

本腰を入れたのは天正7年2月以降!
◆ 落城は天正7年5月で、実質3カ月である!
◆ 三木城と似た攻撃である! 
天下を秀吉がとったので三木の方が有名になった!


第七章  明智光秀の丹波支配と国衆(福島克彦)
織田政権は、光秀、勝家、秀吉などに権限を与えている!
光秀は「人たらし」のような側面も持つ!
光秀の書状がある!
◆ 3人1組宛の文書について
◆ 亀山城普請に関する文書
◆ 本願寺攻めとの兼ね合い
◆ 亀山地区上に関する資料
◆ 八上城攻めに関する文書
◆ 八上城攻撃の本格化
◆ 八上城攻撃の全貌
◆ 3名宛て書状の位置づけ
3人一組で命令している?
組み合わせは固定していない!

最初は柔らかく??
次第に支配を強めた!!

 

考証 明智光秀 ①・渡邊大門,・片山正彦他

 

2020年5月15日 (金)

本・関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実(2019/9)・渡邊 大門

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東西両軍の勝敗は、前日に決まっていた。
三成と上杉の「挟撃策」、午前中は押し気味だった西軍、迷う小早川秀秋……
通説は完全に覆った! 豊臣秀吉の死後、天下を狙う徳川家康。
一方、豊臣政権を守ろうとする石田三成は、
上杉家の直江兼続とともに家康を東西から挟撃する策を練る。

さらに関ヶ原で西軍は、後年、ドイツのメッケルに
「西軍勝利」と言わしめたほど見事な布陣をし、

東軍と互角以上に戦いながらも、小早川秀秋の裏切りで敗れた……
小説やテレビドラマ、映画等でおなじみのこれらの逸話は、
後世に編纂された二次史料から生まれたフィクションであった。
では、同時代の一次史料から関ヶ原合戦を眺めたとき、何が見えてくるのか。
最新の研究を踏まえて、従来の関ヶ原のイメージを完全に覆す書。

関ケ原である!!
ただ題名が「作り話」だったのかは、感じるものが多い!!
東北と九州は書かれていない? 当たり前か?
著者の本はよく読む方である!
アホみたいに、これが真実だ!! なんては言わない!!
疑問の可能性を示して判断する!!
黒田官兵衛の出身地である!!
近江木之本か、播磨黒田庄か????
どちらとも、ここだとは言い難い………
どちらも行ったが、熱意が違った………
木之本の方が燃えていたが………
展示に間違いもあったので指摘してきたが………
内容は下記の通りである!!


関ヶ原の合戦の論点   ―序にかえて―
第一章 豊臣政権の変質
第二章 上杉景勝の覚悟
第三章 決起した西軍
第四章 輝元、吉継、三成の選択
第五章 関ケ原前夜の攻防
第六章 決戦関ケ原
第七章 関ケ原体制の創出
おわりに
主要参考文献


関ヶ原の合戦の論点   ―序にかえて―
司馬遼太郎に対する考察がある???
批難ではない……… ???
古書店に資料を買いに行くと、根こそぎ買い占めたようだ………
恐怖に陥れる………
史料には一次史料に二次史料がある!
どちらも取り入れているようだ………
学生時代に「関ケ原」を読んだ!!
メチャメチャっ興奮した!!
司馬遼太郎ならば……… そう思わせるものがる!!!
しかしその頃から見れば知識もついている………
● あったかどうか疑問視されている小山評定?
● 七将に追いかられた三成が、家康の屋敷に駆け込んだ?
● 嶋左近の実力は?? 
● 直江兼続、上杉景勝の実力は??
最上義光攻めで、長谷堂城を攻撃するが、攻めおおせていない!
夢が無くなるが、武将たちの描き方は最高ではないか!!
最高なのは、藤堂高虎!!!
誤ったイメージの克服がある!


第一章 豊臣政権の変質
● は思っていたことと違う内容である!!
昔は五大老、五奉行、三中老と思っていた………
それは誤解があるようだ!!
五大老、五奉行の呼び方と、役目が違ったようだ………
どちらが上で、どちらが下なのか??

徳川幕府はじじ臭い!!
老中、大老、若年寄り………
この五大老も江戸時代に言われたのではないと??

● 七将の三成襲撃事件!!
 まず七将である!
 加藤清正、福島正則、浅野幸長、黒田長政、細川忠興は一致している!
 この本では、蜂須賀家政、藤堂高虎である!
 司馬遼太郎は、池田輝政に加藤嘉明である!
 間違っても藤堂高虎の名前は出て来ない………
 他には脇坂安治の名前もあるが………
 家康の屋敷に逃げ込む話は面白い!
 井伊直政が殺せと言い、本多正信が殺すなと言うのは本筋である1
 が、これは無かったようだ………  夢が無くなる………

家康に近づくグループ! 藤堂高虎、福島正則、池田輝政、黒田長政………
毛利家と四奉行のグループ!
前田利家、浅野長政、宇喜多秀家のグループ!

以降、家康優位の状態が出来る………


第二章 上杉景勝の覚悟
前田利家亡き後に、前田利長に家康暗殺の疑惑がかかる!!
前田家は屈服する!!  母親を人質に江戸へ差し出す??
この時、細川忠興にも疑いがかかる!!!
息子が前田家から嫁を貰っている???
家康の力が増す………

次のターゲットは上杉景勝である!!
「司馬遼太郎・関ケ原」では、世は謙信の上杉に期待している1
前田家とは違うだろう………
その期待を上杉も分かっている………

● 直江状の真偽は????
 真贋は二転三転している!
 否定派と肯定派の解説がある!
 全体としては信用出来るが、後世の改ざんがある??
 原本がなければこれ以上の論争は難しいと!!!

上杉景勝は蒲生氏郷亡き後、会津に移動になる!! この時問題がある!!
越後から米を持ってきている???  これは禁止のようだが………

● 移動する蒲生家が年貢を持って行ったので、上杉も越後から持って行った!!
その説は?? がらりと印象が変わるが………

新城築城の計画がある!
神指城である!!
名高い牢人を抱え、戦争準備と疑われる!!
藤田信吉が出奔する!! 上杉景勝謀叛の手土産を持って行く………
越後の堀氏は上杉の動向を家康に送り続けた………

● 景勝と利家の連携???  あり得ない! 初めて聞く!
● 家康の真意は、豊臣政権内で自分の力を増すことである! とりあえず………
● 東西邀撃作戦はあったのか??? 「司馬遼太郎・関ケ原」ではあったと!
 絶対にないと今は思うが………  
 連絡が出来ない!! 忍びの者がいるのか??

 兼続への三成の書状は、創作?? 偽書?? その可能性が高い!
● 直江兼続へ関ヶ原の責任を押し付けた! 
 子孫がおらずに断絶になったのでやり易かった?

 毛利が安国寺恵瓊に押し付けたように!
● 真田昌幸は三成挙兵を知らなかった?? 
 三成と、景勝、兼続と特別懇意だったのか?? 
 そうでもなさそうである………

夢が無くなる………


第三章 決起した西軍
「内府ちかいの条々」 家康への宣戦布告である?
① 五奉行である石田三成、浅野幸長を蟄居に追い込んだこと!
② 五大老の前田利長を追い込んだうえに、
  景勝を討ち果たすために人質を取ったこと!

③ 景勝に何ら落ち度がないのに、秀吉の置目に背いて討ち果たそうとしていること!

● 挙兵に積極的に参加した輝元! そのようである!!

会津征伐に向かう家康は決断する!!
小山評定である!!
「テレビドラマ・関ケ原」では福島正則を演じる丹波哲郎が熱演だったが………

● 絶対にあったと思ったが、そうではない!! 
 小山まで行っているが、行かないほうが良かったのか???
 この時に山内一豊は自分の居城を家康に差し出した………
 会議は無かった???  全員集めて会議ではなく、
 書状で了解を取ったのではないかと?


第四章 輝元、吉継、三成の選択

● 輝元は嫌々総大将になっていたのか? 最初はそうでもなかった?
 前田利家が亡くなる!
 七将の三成襲撃!
 家康暗殺計画で、前田利長屈服!
 宇喜多騒動で秀家は弱体化する!
 輝元は家康に対抗しようとした???

毛利の両川はいなく、この時代は吉川広家と、安国寺恵瓊が担当している!
吉川広家である!!
「司馬遼太郎・播磨灘物語」の備中高松城攻防戦の名場面がある!
撤退する秀吉軍を二人の若者が見ている1
吉川元春の息子、元長と、当時経言と名乗っていた広家が見ている!
元長が弟に言う!! 「追うか………」
追えば父元春も続き、小早川隆景も動かざるを得ない!!
後年、広家は同じような場面に遭遇する!!
関ケ原である!! この時毛利の大軍が参戦しておればどうなったか??
この時の毛利の大将秀元は、これを見ている!
以後、広家に対しては冷たかったようだ…………

「司馬遼太郎・関ケ原」
人の好き嫌いを表に出さない秀吉が、あからさまに広家を嫌った?
殿中で浅野長政と殴り合いの喧嘩をしたと!!

● 広家は安国寺恵瓊に責任を押し付けた! そんなものなのか?
● 輝元は西軍の総大将と位置付けられている! 合戦当時は寝返っている?
 井伊直政、本田忠勝と、吉川広家、福原広俊の血判起請書がある!
 ただ関ケ原の毛利秀元、安国寺恵瓊はそれを知らない! 
 状況により西軍参戦もあり得る?

● 大谷吉継と石田三成は友情で結ばれている? 有名なお茶事件がある!
 しかし家康派と見られていた? 現実に家康のために動いている?
 病気前は奉行として活躍していた! 現実を見据えていたのか??
 家康派と言っても、それが豊臣のためになると!!!
 だんだんと家康から離れていったようだ………
 そうして三成の誘いに乗った? 豊臣のためと思っていた!!
 お茶の友情ではないと!!!

 石田三成である!!
 有能な家臣を集めている! それで支えられている!!
 兄に父親も能力があった! 抱えた家臣は………
 筒井家牢人 島左近!
 天下の高名な渡辺勘兵衛!
 秀次牢人 舞兵庫、大場土佐
 蒲生家牢人 蒲生郷舎、蒲生頼郷ら「蒲生十八将」たち!!
 特に蒲生家牢人は良く戦っていたと!!
 豊臣政権のキーパーソンである!!
 これは堺屋太一である!
 輝元の家臣の脇差を三成が欲しいと言った!
 これに対して輝元は直ぐに渡すように命じた!
 理由も分かっている!
 その脇差を秀次も見ている! 秀次が欲しい言ったら困ると!
 三成がいかに重要な人物かを説明している!

● 二老四奉行制!
 毛利輝元に宇喜多秀家、浅野長政を除く四奉行である!
 三成は西軍に必要だった!!


第五章 関ケ原前夜の攻防
伏見城攻防戦がある!!
● 小早川秀秋は最初から東軍である! 伏見城に入城しようとした!
 入城しておればどうなっていたか???
● やむなく西軍に従った脇坂安治! 播州龍野は脇坂氏が治めていた!
 知らない武将ではないが好きではない! イメージが悪すぎる!
 秀秋もそうであるが、途中からの裏切りは許せない感じである!
● 丹後田辺城の細川幽斎! 攻める方が手を抜いた???

家康本軍と秀忠軍はどちらが精鋭なのか?? 本軍なのか?
個人的意見であるが、総大将が家康と秀忠である!!
能力には月とスッポンほどの差がある???
単に武将の名前と数だけでは判断できないのでは?
秀忠が本軍だとしても、両者がもし戦えば秀忠は勝てるのか??
豊臣の武断派と言われている武将を秀忠では使えない!!
ある程度秀忠に配慮したという事ではないかと思う!!
井伊直政、本多忠勝は家康に付いている! 松平忠吉もである!!
そう言う設問は必要ないのではないか? どんな影響があるのか??
現に秀忠軍には、本多正信、榊原康政が付いている!
決して仲は良くない………

本戦までの地方戦がある!!
● 安濃津城の戦い
● 岐阜城の織田秀信 援軍は来ない!
● 大津城
● 信州上田城 真田の勝ちである!
● 秀忠の遅参 連絡の遅延、悪天候と条件が悪かった??


第六章 決戦関ケ原
関ケ原は東と西を分ける重要な拠点であった!!
この関ケ原には、必然性があったとされる!!
決戦当日は霧である!!
● 井伊直政の抜け駆けで始まった???
 先鋒は秀忠を持ってくる予定が遅れて、忠吉を持って行った???
 色々あるようだが、直政が福島正則に断りを入れて、先鋒になった!
 家康自身抜け駆けを禁じているのに、井伊直政がやるかなと??
● 小早川秀秋への「問鉄砲」はあったのか? 無かったようだ………
 秀秋の家臣たちの家康への接近!
 黒田長政の暗躍!
 逆の三成による高条件の提示もある!
 情勢を見て寝返ったのではなく最初から東軍だった!!
 大谷吉継の陣後に行っている!
 一応関ケ原には言っているが、扱いに差を感じた!
 関ケ原町と垂井町である!! 案内からして違っている??
 大谷吉継の陣から松尾山が見える!!
 裏切った時に、「見えぬ目で見た」とは「司馬遼太郎・関ケ原」である!
 そこで見ていて何とも言えない気持ちになったが………
● メッケル参謀少佐が、関ケ原の配置図を見て西軍の勝ちだと! 
 根拠がない話のようだ!
 しかし配置は悪くなかったようだ???
 いかに石田三成が頑張っても、負けるべくして負けた!
● 宇喜多秀家は精鋭か?
 これは鈴木眞也の一連の本が詳しい!!
 どうも精鋭とは言い難かったようだ!!
 「司馬遼太郎・関ケ原」では1万7千の兵である!
 福島正則6千の兵を撃破できない?? それを疑問に思っていたが………
● 島津義弘の軍は???
 いかな島津とはいえ兵数が足りなかった!!
● 毛利輝元の本心は??
 伊予への出兵を計画していた? 関ケ原は他人任せである!
 総大将がこれでは勝てないと!!
 ドラマなどでは出陣を決めたとあるが、嘘っぱちなのか!!

陣形、軍勢配置、戦闘方法で挽回できる戦いではなかった!!!
負けるべくした負けた!!!


第七章 関ケ原体制の創出
● 吉川広家は自分を犠牲にして毛利本家を残した!
 通説では防長二州は広家に与えられる予定で、毛利家は存続出来ない!
 自ら犠牲にした!!  美談なのか??
 広家は西軍に勝ち目はないと!
 輝元は東軍へと裏切ったが、毛利秀元、安国寺恵瓊は知らない!
 不安があり何度も起請書を求める…… 不安がある!
 「輝元は家康にはめられた」
 広家が毛利家存続に犠牲になった話は疑問視されている!
 安国寺恵瓊に責任を押し付けて、家中の分裂を避けた???
 「司馬遼太郎・関ケ原」 三成が言う!!
 毛利を取り潰さなければ恩賞で与える土地がない???

● 宇喜多秀家の島流し! 最初から八丈島に流す予定だった!!
● 長宗我部盛親の改易! 最初からつぶす気だった???
● 黒田官兵衛の空手形! あてにする方がおかしい!
● 伊達政宗に空手形! 百万石は夢………
● 上杉景勝も米沢30万石へ減封!
● 豊臣系は西国、譜代は関東・畿内へ配置する!
● 家康は秀頼の後見人としてふるまう!
秀頼と千姫の結婚!
二重公儀体制??  形だけではないか??
豊臣家の諸権限を自ら行う!! 吸収する!!
征夷大将軍就任、江戸幕府開設がある!

天下取り一直線か???
関ケ原合戦とは何だったんのか?????
家康は秀吉亡き後豊臣政権で重きをなさそうとする!
その延長線上に、徐々に実権を掌握した………
その転機が関ケ原であり、その後征夷大将軍就任に、江戸幕府の開幕になる!


おわりに
史料の正しさの証明は難しい!!
一次史料でも思い違いや、勘違いもある!
ここは正しいが、ここは間違っていると言うところもある!!
関ケ原では、もっとも有名な「直江状」の真贋の問題もある!!
史料の正しさは今後の課題である!!!


関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実・渡邊大門

 

 

2020年5月14日 (木)

英雄たちの選択 両雄対決!石田三成vs.徳川家康 選択の攻防が生んだ関ヶ原 NHKオンデマンド

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日本史上空前の決戦「関ヶ原の戦い」、その全貌に迫るスペシャル。
徳川家康の東軍が、石田三成の西軍をたった一日で撃破したこの戦い。
しかし実はそれは、決戦までの90日間、両雄によるしれつな「選択」の攻防の末の結末だった。
三成と家康、その時々の選択は最善だったのか? 
気鋭の論客が東西両陣営に分かれて大激論。
決戦の地・関ヶ原の徹底現場検証を交え、戦国最大の大活劇=関ヶ原の戦いの奥深さに迫る決定版!


【司会】磯田道史,渡邊佐和子
【出演】宮崎哲弥 萱野稔人 中野信子 植木理恵 加来耕三 笠谷和比古
【語り】松重豊


2014年の選択である!!
日本史でもっとも取り上げられている事件は、本能寺の変に関ケ原か???
現在の2020年でも、新たな発見と言いまくっている………

秀吉が亡くなり後継者は誰なのか??
力のあるものが跡を継ぐ!!!
未だに乱世であると!!!
信長亡き後、秀吉が天下を取った!
家康ではない!!
では秀吉が亡くなった後は???
天かは安定している!
当然秀頼が後継者である!!
官僚もしっかりしている!!

ではなくまだ天下は定まっていない!
黒田官兵衛、伊達政宗らもそうである!!
では三成の天下構想は???
よく言われる、石田執権政治か????
家康はこの時期誰よりも戦歴があり、野戦が得意である!!
三成は兵站を担当している!!  能力はある!!

加来耕三と言うとニコニコしながらきついことを言っている?
日本人が島国根性になったのは関ケ原で徳川が勝ったからだと!!
家康は幕府の運営を松平の家のようにせよ言った???
大老、老中、若年寄り……… じじ臭い!!

秀吉より信長が生きていたらどうなっていたか??
それこそ明国と戦い、海洋国家をつくっていたかも分からない!!

番組は空から関ケ原を撮影している!!
狭い場所である??
この陣地後にはほとんど行っている!
松尾山と南宮山には行っていないが??
関ケ原町と垂井町の熱意の差を感じたが……


この番組での経緯である!!
● 秀吉が死ぬ!
● 朝鮮からの撤兵がある!
● 五大老と五奉行の区別はどうなのか?
● 家康の攻略結婚がる!
● 三成と輝元は近い!
● 三成蟄居迄の七将とのやり取りは無い! 面白くない!
● 前田征伐の話はない!
● 会津征伐になる!
● 三成挙兵!  安国寺恵瓊、大谷吉継である!
● 伏見城攻撃!
● 家康は小山である! 上杉、佐竹、伊達の話はない!
● あったかなかった分からない小山評定!!
 福島正則が口火を切る!! 清須城に向かう?
● 家康は秀忠に真田攻めを命じる!  徳川本軍とも言われている!
 ただし中山道を通るのであるが、真田攻めを命じていたのか??
● 清須城で正則らは待っている!

「司馬遼太郎・関ヶ原」は傑作である!!
その中での描写がある!!
○ 小山評定の後家康は政信に言う! ああも裏切れるものなのか?
 この時、一人出る! 後で秀頼様と戦えないと!
 家康は、出たか?? と戦後も切腹など強いていない!
○ 戦わない正則たちにまず戦えと! この死者に三河者を使う!
 軍監、本多忠勝と井伊直政は、言葉を変えるように言うが、本人はそのまま言う!
 正則は直ぐに戦う気になる!!
 家康の勝ちである!!

● 稲葉山城を攻撃して、1日で攻略する!
● 三成は大垣城にいる! ここで作戦があったようだ!
● この時家康の行動が早い! 美濃赤坂に着陣する!
● ここから駆け引きが始まる! 
● 毛利輝元が来ていない!!
● 松尾山に入れる予定が小早川秀秋が陣取る!
● 家康は佐和山を攻めようとする!! 作戦である!
● 三成はこれに反応して関ケ原に向かう

○「尾崎士郎・篝火」が詳しい!

● だれも半日で関ケ原が終わると思っていない!!
● 小早川秀秋に関白を約束する!
● 勝つ方につく???
● 現実に戦い途中で裏切る!
● 家康が秀秋の陣に鉄砲を放って決断を迫った???
 これも怪しそうであるが………
● 秀秋が裏切る!!

○ 大谷吉継の陣後で、松尾山を見た!
 見えぬ目で見たと!!!

● 毛利は所領安堵の書状を貰っている!
 家康の顔が無かったようだ??  忠勝と直政は出している!!
 これで120万石は確保出来ない!!
 三成言う、毛利の土地がなければ恩賞に与える土地がないと!!!
● メッケルドイツ参謀は配置図を見て西軍の勝ちだと言った????

解説者の嫌味がある!
三成が何もしなければどうなっていたのか???
面白い仮定である!!

最後にもし小早川秀秋が裏切らなかったらどうなっていたのか??
シュミレーションがある!!
家康は引き上げて秀忠の軍を待ち、再度関ケ原で戦う!
やはり家康の勝利であろう………

 

 

 

2020年4月25日 (土)

本・大友二階崩れ(1998/8)・高橋 直樹

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策謀渦巻く跡目争いを生き抜く男たち。戦国期を描き続ける気鋭の著者最新作。
「大友二階崩れ」―キリシタン大名である大友宗麟、若き日の父との確執。
「城井一族の殉節」―黒田如水の陰謀に散った、九州の名門宇都宮家の悲劇。
「影」―生涯不犯を通した上杉謙信亡き後の壮絶な争い。


実家でほんの整理をしていたら出てきた本である!!
3話構成である!!  こう言う作品は面白い!!
高橋直樹である!  よく読んでいる!!
下記のとおりである!!
● 大友二階崩れ    
● 城井一族の殉節
● 影


● 大友二階崩れ
大友宗麟は、大友義鎮である!
父は大友義鑑! 大友関係の本を読んでいると、やたらと同じ名前が多い!
義鎮から偏諱を賜った人物は、義、鎮、宗、麟の字を含む!!
蒲生氏郷は、蒲生の姓と郷の字を与えた!
蒲生郷成、蒲生郷喜、蒲生郷舎、蒲生郷安、蒲生郷可………
これは前田利家にたしなめられたようだが………
家臣も同じ性で、似たような名前が多い!

英雄たちの選択・大友宗麟のこの家督争いは出てこなかったが………
洋の東西と問わず、後継者の問題はある!
織田信長、武田信玄、毛利元就、上杉謙信、伊達政宗………
これに母親が絡む!
大友家は、後継ぎは通称五郎である! 義鎮である!

武勇に特に優れていた分けではないようだ!
側近達が宗麟立てる!! 
弟がいる!! 若い側室の産んだ塩市丸である!!
こう言う場合、たいてい揉める!!
父親も耄碌してきている!!

義鎮は行政を父から任されて実績を上げる!!
妻を迎えるが、丹後の一色氏から迎える!!
丹後と豊後である!! よくやる!!
一色氏は名家である………
がこの嫁が気に入らない!!
手を出さない??  もったいないと思うが………
が父に叱られる!!
後継ぎを産めと!!  女なんて子供を産むための道具だと!!
他には家臣を信用するなと!!
忠臣なんていないと????

義鎮を強制的に湯治に行かせている間に、
父義鑑は、義鎮の忠臣、田口蔵人、津久見美作、齋藤長実、小佐井大和守らの粛清を計画した!!
齋藤長実、小佐井大和守が討たれる!!
それを察知し、逆に義鑑を襲う!
後継者にしようとした弟・塩市丸と、その母を殺害する!!
義鑑も負傷して死去する………
義鎮が義鑑の遺言により家督を相続しする!
齋藤長実、小佐井大和守は嫡男が後を継ぐ!!
しかし、叛乱を起こした、(義鎮の命令か)家臣(田口蔵人、津久見美作)は一族を誅殺する!
可愛そうな気がするが……… 命令によどみはなかった………
同時に入田ら反義鎮派は「義鑑暗殺」の首謀者として粛清されたようだ!!
あまり気持ちの良い結末ではないが………


● 城井一族の殉節
「軍師・官兵衛」の紀行で中津に行っている!
名門城井一族が悲しい………
城井流宇都宮氏である!!
ここには「軍師・官兵衛 紀行」で行っている!
二郎余話(新)黒田官兵衛 紀行 にアップしている!!

豊前 天徳寺 宇都宮鎮房の菩提寺 
豊前 中津 赤壁 合元寺 「染み出る血で、赤い色の壁になった………  
豊前 城井ノ上城 宇都宮鎮房の居城  
豊前 城井神社・扇城神社 宇都宮鎮房謀殺????? 
>豊前中津  姫塚 宇都宮の侍女たちの塚………  

播磨地方は名門意識が抜けきれない武将が多い!!
毛利と織田の係争地でどちらに付くか迷った場所である!!
毛利は大江元広の末裔で名門である!!
出来星の大名、元は百姓である!!
そんな奴の言う事なんか聞けない!!!
そうやって滅んでいった大名がいかに多いのか???

平和に過ごしていた城井氏である!
秀吉の島津征伐がある!!
城井流宇都宮家の当主 民部少輔鎮房 大友義鎮から貰っている!!
嫡男 弥三郎朝房!  名前は
どう対応すべきか??
名門とはいえ田舎侍では、20万と言う兵が想像出来ない!!

平安時代の名門貴族 藤原道兼の血を引き、下野に勢力を張った!!
下野流宇都宮家から豊前に息子を入れて、城井流宇都宮氏が起る!
豊前に一族が根を下ろしている!!
内部統制が取れない中、参戦する!
弥三郎朝房が兵を率いて黒田官兵衛のもとに出頭する!

怪しげに感じるが、協力する………
実数25万の兵で、兵站を考えると勝てないと分かるはずである!!
島津は勝てない!!!
そして新しい地行割が言い渡される!!
加増で伊予に転封である!!
真っ青になる!!
受け入れるべきか??
豊前申次 毛利小三次は、人が良さそうである!!
百姓出身である!!

豊前は黒田官兵衛に与えられる!!
城井氏は城から出る! 吉報を待つ!!
肥後で反乱がおこり、豊前に飛び火する!!
分家に野中兵庫頭がいる!
分家とはいえ豊前で反旗を翻す………
官兵衛は肥後に行っている! 留守である!!
秀吉ではなく、黒田官兵衛に対する申し立てだと!
本家も決断を迫られる!!
決起に参加する! 本家としての立場がある!!
城井谷に帰る!!
しかし、まとまりがなく分家筋は負ける!
黒田長政が兵を城井谷に向ける! 2千の兵と言う!!
これを破る………
がその後の展開は圧倒的に不利になり、分家筋が負け続けて城井谷だけになる………
ここで仲裁が入り和睦する!!
条件は姫を人質に出すことである!!
和睦がなっても城井谷は防備を解かない!
がいずれ出仕しなければならない!!
ついに鎮房は出仕する……… 賭けである!!
その前に朝房は官兵衛と共に肥後に向かっている!!
150名の兵と出仕するが、最初から殺す気である!
賭けに負ける………
朝房は官兵衛に切腹を命じられる!!!
姫は??  磔なのか????
「軍師・官兵衛」では又兵衛が逃がしていたが………

この時、伊予へ行っておればどうなっていたか???
織田信雄も移転を断り追放された………
潰そうとしていたのではないかと思うが………


● 影
上杉景勝である!!
謙信亡き後の後継者争いがある!!
三郎景虎である!!  北条からの人質であり、謙信の養子となる!!
謙信と喜平次の関係は???

日本史上のの最大の戦術家は謙信ではないかと思う!!
戦えば勝つ!
状況判断に優れている!! 兵の投入時期を誤らない???
義によって戦う!! 最大版図も単に制しただけで領国化が出来ていない!
良く兵士が付いて行っていると!!  それも強い!!
大酒飲みと言う!  塩を舐めても酒を飲む????
生涯不犯であり、後継者の事を考えていない???
現に後継ぎも決めずに死ぬ!!!

当然後継者争いがある!
喜平次か、三郎か??
ここで先手を打たなければ負ける!!
喜平次に確実に味方するのは、上田衆、直江だという!
金を抑えなければならない!!
直江の後家が活躍する! 嘘っぱちの演技である!!
謙信がうなずいたことにして喜平次が跡目である!!
まず実城・本丸を葬儀の日に抑える!
これは正しい判断である!!!
家臣には実力者が多い! 樋口与六もいる!!
正当性より、主君としてどちらが自分たちの利益になるのか?
三郎派の柿崎晴家を殺す!
当初は三郎が有利である!!
北条の援助も期待出来る!  相甲越の同盟か??
勝頼も味方のはずである!!
三郎は御館に入場する!!

喜平次の父、長尾政景は、小船を浮かべた遊宴中に溺死する!
泳いでいて、こむら返りを起こして沈んだと!
4人の近習も死んでいる! 全員こむら返りを起こしたのか??
不信がある??  謙信が首謀者か???
喜平次には妹がいる!!
三郎に嫁ぎ、子供をもうける!!
戦いに勝つが、勢いが付かない!!
ここでもう一人の養子、上条弥五郎に言われる!
甲斐の四郎勝頼への調略である!
戦況は喜平次に有利になって来ている………
勝頼が撤退すれば、北条が関東から流れ込んでくる………
時間との戦いになる!!  冬である!!!!
その勝負に勝つ???

三郎方の名将・北条(きたじょう)丹後守が打ち取られる!
ほうじょうに、きたじょう??  上条(かみじょうに、じょうじょう)
ここらで勝負はあった!!
仲裁の話になる!
三郎は道満丸を連れて実城に来る!
人質に出して命乞いをする???
妹と道満丸を殺す! 逃亡する三郎を追いつめて殺す!!
決着はついた?????

いつも思うが上杉景勝の武将としての実力は???
謙信亡き後、三郎との内戦に勝ち、織田信長、秀吉との戦いである!
どちらも負ける戦いである!
関ケ原は見せ場を作ったが、それだけである!!
家康小山撤退時に追撃を何故しなかったのか??
中途半端に感じるが………


大友二階崩れ・高橋直樹

 

2020年3月 2日 (月)

本・信長の合戦 『八つの戦いで読む知謀と戦略』 第8章 『本能寺の変』(2001/3)・戸部 新十郎

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戦国の覇者として、今なお絶大な人気を誇る英雄・織田信長。
激しい気性と勇猛果敢な行動力で知られているが、その強さの本質は、
合戦に対する慎重さと悠長さにあった。
事前に徹底した情報収集を行ない、勝つ自信を得るまで続けられる知略の数々…
桶狭間の合戦から本能寺の変に至る八つの戦いを描きながら、
信長の戦略・戦術の卓越性を鋭く読み解いた歴史読み物の傑作。
この章だけ一度アップしているが、再度アップする!!
第8章 本能寺の変 VS明智光秀

この章は長い!!!
この時期、信長も光秀も病気なのか??
光秀はどうしたかったのか???
信長を殺したかった??
明智政権を造りたかった???

信長は武田を降す………
神になろうとしている???
とも言われている???

光秀をいじめた???
足蹴にした?? 家康接待の、能について出来が良くないと??
接待の食事に不備があって責められたと??

「本能寺の変」時の信長軍の編成!
一 北国道方面軍  柴田勝家  越中魚頭城攻撃
二 山陽道方面軍  羽柴秀吉  備中高松城を攻囲中
三 東山道方面軍  滝川一益  上州厩橋に在陣
四 南海道方面軍  織田信孝  四国攻めの準備中
五 東海道方面軍  徳川家康
六 山陽道方面軍  明智光秀

明智光秀の人物像!!
「仏の嘘を方便と言い、武士の嘘を武略と言う、百姓は可愛きことなり」

『フロイス日本史』中の光秀の評価がある!
「その才知、深慮、狡猾さにより信長の寵愛を受けた」
「裏切りや密会を好む」
「己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、
 忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった。
 友人たちには、人を欺くために72の方法を体得し、学習したと吹聴していた」
「築城のことに造詣が深く、優れた建築手腕の持ち主」
「主君とその恩恵を利することをわきまえていた」
「自らが受けている寵愛を保持し増大するための不思議な器用さを身に備えていた」
「誰にも増して、絶えず信長に贈与することを怠らず、その親愛を得るためには、
 彼を喜ばせることは万事につけて調べているほどであり、
 彼の嗜好や希望に関してはいささかもこれに逆らうことがないよう心がけ」
「光秀の働きぶりに同情する信長の前や、一部の者が信長への奉仕に不熱心であるのを目撃して、
 自らがそうではないと装う必要がある場合などは、
 涙を流し、それは本心からの涙に見えるほどであった」
「刑を科するに残酷」
「独裁的でもあった」
「えり抜かれた戦いに熟練の士を使いこなしていた」
「殿内にあって彼はよそ者であり、外来の身であったので、
 ほとんど全ての者から快く思われていなかった」

佐久間信盛、林道勝父子らは追放された?
光秀も相当な人物であった!!
織田信長に重用されている??
追放されなかったのは未だ使い勝手があったから………
将来に不安があった………


本能寺の変の原因がある!
〇 怨恨説
  主君の信長は短気かつ苛烈な性格であったため、光秀は常々非情な仕打ちを受けていた
〇 野望説
  光秀自身が天下統一を狙っていた
〇 恐怖心説
  佐久間信盛、林秀貞達が追放され、自分も追放されるのではないか
〇 理想相違説
  信長を伝統的な権威や秩序を否定し用としていたので、
  光秀は衰えた室町幕府を再興しようとした

〇 将軍指令説 / 室町幕府再興説
  恩義も関係も深い義昭からの誘いを断りきれなかった………
〇 朝廷説
  「信長には内裏に取って代わる意思がある」と考えた朝廷から命ぜられ、
  光秀が謀反を考えたのではないか!
〇 四国説
  信長の四国政策の転換について指摘している。斎藤利三の名前がある!
〇 イエズス会説
  信長の天下統一の事業を後押しした黒幕を、南欧勢力(スペインとポルトガル)とする!
  信長が、スペイン、ポルトガルの植民地拡張政策の意向から逸脱しようとしたために、
  本能寺の変が演出された??
これらの複合説がある!!
では誰が得をしたのか?? 秀吉と言う!!
秀吉は実行犯??
中国大返しは知っていたから出来たと????
そもそも陰謀説は連絡がいる!
仮に義昭と連絡を取ったとしてもこの往復に何日かかるのか???
誰が密書を運ぶのか?? 秘密は知っている人間が多い方が漏れる???
最近上杉に宛てた書状があると言われるが、どうやって運んだのか?

変後の光秀の様子もおかしい!!
打つ手が冴えない??? 突発的な犯行としか思えない???
光秀の配下の武将たち???
細川藤孝、忠興
池田恒興
中川清秀
高山右近
筒井順慶  洞ヶ峠で見ていたのは順慶ではなく明智の方!!
全部光秀に付かなかった??

その時の信長配下の武将は???
蒲生氏郷に前田利長は一緒にいる!!
機内いる息子二人は何も出来ない!
織田信雄に信孝である!
この無能が跡目相続出来ない!!

各地の状況!
一 北国道方面軍  柴田勝家  上杉と対峙! 直ぐに動けない!
二 山陽道方面軍  羽柴秀吉  備中高松城を攻囲中で動けない??
三 東山道方面軍  滝川一益  上州で北條に敗れて逃げかえる!
四 南海道方面軍  織田信孝  四国攻めの準備中だったが、兵は逃げる!
五 東海道方面軍  徳川家康  伊賀越で逃げる!
機内でまとまった兵を持っていたのは、明智光秀!!!

光秀は柴田勝家を主敵と思った!!
織田家武闘派の巣窟、北国軍団!!
光秀の両手!! 明智秀満に斎藤利三!!
この時、明智秀満は安土にいる!!
柴田勝家に備えている??
柴田勝家も問題がある!
一向衆に上杉、佐久間盛政に佐々成政も動けない!!

秀吉には官兵衛に小六がいる!
言い方は違うが、このチャンスを逃すなと!!
勝家と利家の会話がある!! これは信じがたい!!
勝家が直ぐに仇討に向かおうとしたが、利家が反対した!
逆に利家が仇討を進言したが、勝家が断った???

秀吉は即座に和睦して、中国大返しを敢行する!!
備中高松から姫路まで67キロを2日!! 6月6日と7日!
姫路から尼崎まで80キロを2日!! 6月9日と10日!
1日平均36キロ走破している!!
実際にはどうなのか???
川中島の合戦は、キツツキ戦法は検証して無理だったと言われている??
大垣城から賤ケ岳の戦場への大返しは出来たようだが………
中国大返しは速度が速く、勢いを生む!!
勢いは味方を呼ぶ!!!
戦場近くの武将、池田恒興、中川清秀、高山右近、筒井順慶らが秀吉に付く!!

山崎の合戦で光秀は負けて小栗栖で討たれる!!!
光秀は何をしたかったのか??
天下を取りたかったのか???
信長を殺したかったのか???
これだと言う理由は分からない!!
著者のファンである!! この本も好きな本である!
本能寺については沢山の本がある!!
これが真実だ!!! と言う本ほど内容がない???
と思った方が確かである!!!
「本能寺の変 431年目の真実」なんか時間の無駄だったと思う!!


信長の合戦 『八つの戦いで読む知謀と戦略』 第8章 『本能寺の変』・戸部新十郎

 

 

 

 

2020年1月 8日 (水)

本・家訓で読む戦国―組織論から人生哲学まで(2017/4)・小和田 哲男

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戦国最強とも名高い武田信玄は「完勝よりも七分の勝ち」と教訓を垂れ、歴戦の猛者・朝倉宗滴は
「名将とはいちど大敗北を喫した者をいう」と説いた。
武将たちが残した家訓(戦国家法・武辺咄・遺言状)には、
乱世を生きるための組織論、リーダー論、勝負論が詰まっている。
名将・猛将・知将の言葉から、戦国時代に新たな光を当てるとともに、
現代人にも通じる成功の秘訣を探る。


家訓は大事であるが、時代とともにかえりみられなくなる!!
大変面白い!!
内容は下記の通りである!!


序 章 戦国家法・家訓・遺言状の世界
第一章 耳の痛い話こそ聞け  トップリーダーとしての心情
第二章 柱多ければ家強し  戦国大名家の組織つくり
第三章 人は善悪の友による  生活規範の徹底と品格の形成
第四章 犬・畜生といわれてでも勝て  武将たちの合戦哲学
第五章 夫婦喧嘩も見逃さない  領国経営の叡智
あとがき
武将別家訓索引


序 章 戦国家法・家訓・遺言状の世界
家法  法規範
家訓  道徳的規範


第一章 耳の痛い話こそ聞け  トップリーダーとしての心情
1、失敗の経験がいかに生かすか
失敗のない人間はいない?
「名将と言うのは、一度大敗北した者を言う!」

家康最大の危機?? 三方ヶ原での大敗北!!
これを成長の糧とした!
家康は律義であると?????

2、埋もれた才能を掘りおこす
これ以降、「家臣こそわが宝」と言う!!
であるなら家臣はどう使うのか?
徳川家康  己が心を捨て、ただ人の長所をとれ」
北条早雲  部下に合った職場に配置する!!
織田信長  秀吉を登用した?? その話術? 調略の才能か??

3、主従の絆をつよめるために
上杉定正  家臣は褒めて使え! 身分の上下にかかわらずである………
武田信玄  お前たちの力で勝った!! 何処が良かったも具体的に示す!
鍋島直茂  無欲な上司に部下は集まる! 
島津義久  「信賞必罰」「公私混同をするな」
黒田長政  気の合う者同士だと、寵臣になり易い!

4、諫言を受け入れる度量
黒田如水  月に三度家臣たちとの交流の場を設けた! 途中で握り潰されない為に………
黒田長政  家臣に怖がられない! 家臣が諫言しなくなる!
多胡辰敬  「異見」 人それぞれなので、その人に合った矯正方法がある………
武田信玄  自分と同じ意見の持ち主をばかりを、周りに集めるな!!


第二章 柱多ければ家強し  戦国大名家の組織つくり
1、一族・兄弟の結束を強めるために
毛利元就  三本の矢(これは史実ではない) 兄弟の結束を言っている!
武田信繁  兄信玄に尽くした! 補佐役に徹した………
島津義久  弟、義弘・歳久・家久の兄弟の結束があった!
北条氏康  息子、氏政の兄弟の結束があった!
今川義元  家督争いで兄弟を殺している? 信じられる身内がいなかった?
補佐役の重要性を言う!!

2、譜代門閥主義の打破
朝倉孝景  宿老を固定しない! 世襲を否定している!!
藤堂高虎  真面目な奉公人を評価せず、機嫌取りばかりをしている家臣を重要視しない!
徳川秀忠  身の程を知る! 抱える石高を間違わないこと!
加藤清正  母衣衆を投票で決めると、板川兵平衛は自分の名前を書く! 
他人の心は分からないから自分を推薦した! 清正も認めた!

3、「義を守る」ことの重要性
北条氏綱  「末世にうしろ指をさされる恥辱」「義を守れ」「義理を違えるな」
武田信玄  主従の「義」を重視している!
本多忠勝  「事の難に至て不退」 退くことは簡単だがそれでは武士ではない!!
黒田如水  「百姓にうとまれては、必国家を失う」

4、組織を強くする術
多胡辰敬  組織を一軒の家に例えている!
      主君を屋根、親類を梁、柱を重臣などに例える!
      柱になる者は同僚を嫌ってはならない!
      又、柱が多ければ、家は強くなり倒れないと!!!
徳川家康  家光と忠長の跡目争い! 家康は木に例えている?
      添木、補佐役の重要性に触れている!!
      又、長子相続をはっきりさせた!!!


第三章 人は善悪の友による  生活規範の徹底と品格の形成
1、日常生活の心得
今川了俊  南北朝の武将! 付き合う人間により人の善悪は決まる!!
北条早雲  「人の善悪皆友によるべし」
武田信繁  嘘をつくな!
加藤清正  質実剛健をモットーとする! 余暇も武芸にたしなむ!
      和歌、連歌はやらなくてよい!!

2、人を思いやる心をどう育むか
武田信繁  社会的弱者に慇懃な態度で接するように!
藤堂高虎  人を侮ってはならない!
池田輝政  家老・伊木清兵衛! 能力に合う処遇を!

3、若いうちにいい仕事を
朝倉宗滴  若い頃から有能だと思われるように!
鍋島直茂  人の一生は短い! 若い時に良い仕事をする!
      が、立身出世は階段を上がるようにゆっくりと!
武田信玄  40歳までは勝つことを、40歳からは負けないこと!

4、兵書を学ぶことの大切さ
加藤清正  兵書を読むことが学問!
読まれた兵書 「武経七書」 
『孫子』『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』
『孫子』    彼を知り己を知らば百選危うからず
『呉子』    決断が鈍く、優柔不断だと負ける
『尉繚子』   利益を得るために行う軍事行動を厳しく非難するが、
        大義名分がある戦いならば先制攻撃もやむを得ない!

『六韜』    天下は一人の天下にあらず、すなわち天下の天下なり
『三略』    身を楽しむる物は、久しからずして滅ぶ
『司馬法』   国大なりとは言えも、戦いを好めば必ず亡ぶ
『李衛公問対』 歴代の兵法と兵法家、将軍や宰相などの人物を話題に話し合う話

戦国武将は先輩武将から武勇談を聞いて戦いを覚える!
坊主から兵書を解説して貰う!!
小便を垂れ流しても、武辺咄を聞く!!


第四章 犬・畜生といわれてでも勝て  武将たちの合戦哲学
1、死と隣りあわせの時代
一期は夢よ!!
夢幻???  「はかないことのたとえ」

蓮如    人の一生は夢幻のようなものなので、死後の世界の方が大切だと!!
大内義隆  此の世は夢幻の間にて、来世の事は、億万劫ともなき事にて候也!
織田信長  人間五十年、下天の中を較ぶれば、夢幻の如くなり…………
大道寺友山 軍学者  人の一生は短いものだ………
連歌師宗長 戦場にして討ち死することは侍の常のことなり!

2、命を惜しまず戦え
武士は主家と共に滅びる!!
大内義隆  戦いに負けたら自害するのが「武士の習い」
鳥居元忠  三河武士である! 伏見城で打ち死に!
      老巧の家士の意見を聞けと!
      命を惜しんではならない!
毛利元就・隆元の軍法五か条
      その日の大将の命令には従う!
      敵の姿を見てから退いたものは改易!
      敵を追い詰めて、命令に背かない!
      敗軍の時や、留まらなければならな時に撤退すると改易!  
      大将、軍奉行の命令に背かない! 背けば不忠者である!
越後上杉氏 主人や組頭が討ち死にしたら、配下の者は打ち死にせよと!
武田信繁  死を覚悟して戦えと!
この章、薩摩軍法が抜けている??? これは書いて欲しいが………

3、勝利を得るための工夫
武田信玄  完勝より七分の勝ちがよい!
      敵国の地形、家臣団の情報を集める!
      勝つためには、嘘・虚言も許される!!
      戦後処理も考えている!
北条氏綱  勝って甲の緒をしめよ!
朝倉宗滴  武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝事が本にて候!
毛利元就  はかりごと多きは勝ち、少なきは敗け候と申す!
明智光秀  仏のうそをば方便と云い、武士のうそをば武略と云う!
武田信繁  正面から1000人で攻めるより、側面から100人でも攻めた方が有効!

勝つためには何をしても許される???

4、呪術との向きあい方
島津氏   おみくじで戦略を決めた??
      五行思想?? 木・火・土・金・水!
      人はどれかに属し、相性がある? 相手、日時などである?
      ナルトの世界になってきた??
豊臣秀吉  呪術師の意見を無視した秀吉!!
朝倉孝景  吉日・方角より勝機を重要視する!
鍋島直茂  くじや占いは外れることもある!
徳川家康  家康は占い師を信じていた???

5、武芸鍛錬の奨
北条早雲  文武弓馬の道は常なり!
黒田長政  武具の手入れを含む!
加藤清正  ある程度の身分になれば馬を乗りこなす!
多胡辰敬  曲芸のような乗り方は無用!
武田信繁  乗馬を奨励している!


第五章 夫婦喧嘩も見逃さない  領国経営の叡智
1、上に立つ者のつとめ
戦国大名の成り立ち!
・守護大名の戦国大名化   今川・武田・大友・島津
・守護代の戦国代名化    尼子・長尾
・国人一揆による戦国大名化 毛利・浅井
武田信玄・長宗我部元親
      他国に攻め入るのは自国の百姓の為である!
      家臣たちにも加増したい!
      当然、百姓、家臣への温情の為ではない!!

2、領民思いの武将たち
北条早雲  五公五民を、四公六民に代えた!
黒田如水  「臣下万民の罪は尤もおそるべし」

3、民法としての戦国家訓
今川家、武田信玄、結城氏、
      喧嘩両成敗!! 家族にも当てはめる?
今川氏   許可なき結婚や私信は禁止!!
結城氏   跡目は能力のあるに継がせる!
      酒等の販売行為も罰せられる??

不倫・離婚………
長曾我部氏 夫が留守の時、男を部屋に入れてはならない!
伊達稙宗  再婚の規定もある???

4、戦国武士の生活実態
博打を警戒している!!
結城家、六角家、多胡辰敬 
博打を行えば罪を与えられる!
島津義久    重臣・上井覚兼 囲碁・将棋は戒める!
        和歌・連歌・礼儀・
        剣・馬術・弓術・鷹狩り・蹴鞠・釣り・狩り・立花・乱舞…………
武田信玄    娯楽は禁止!
長宗我部元親  酒は禁止!

この章、蒲生氏郷、藤堂高虎、黒田如水が抜けている??
蒲生氏郷は陣屋で緊張感を保つのに博打を奨励していたのでは??

5、質素倹約のすすめ
北条早雲・北条氏綱・北条氏康  
      万事倹約を守るべし!
      華麗を好めば借金が重なり、百姓・町民に転化する?
島津義久  屋敷も華美にすることを戒めている!
      高い一刀の名品より、安い百本の刀!
朝倉孝景  名刀は贅沢品である!!

6、きびしかった姦通罪
きびしかった姦通罪!!
妻の不倫相手は殺してよい!!
家中の秩序を保つために、厳しくした!
密会した男女は死罪で、仲立ちをした者も死罪!!


家訓で読む戦国―組織論から人生哲学まで・小和田哲男

 

2019年11月 6日 (水)

ザ・プロファイラースペシャル「関ヶ原3つの『IF』」

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夜は関ケ原スペシャル! もしも戦場が関ケ原でなかったら? もしも裏切りがなかったら西軍の勝利? 
もしも合戦が長引いていたら、黒田官兵衛が西日本の盟主に? 
関ケ原をめぐる3つの「イフ」を検証するため、MC岡田准一がスタジオを飛び出して現場へ!
大垣城攻略の鍵を握る、石垣に残された跡とは? 西軍を裏切った若き武将が見た景色とは?
黒田官兵衛の野望を示す、直筆の手紙とは? 新たな発見も続々! 戦国のロマンに触れる旅


【司会】岡田准一
【出演】小和田泰経 鈴木ちなみ 高橋みゆき


三つの可能性を検証している!!
関ケ原に関しては、司馬遼太郎の影響が大きい!
「関ケ原」を読んだ時、興奮した!!
それなりの知識はある????
どうかな????
仮定の話は良いが、どうしても毛利が重要になる!!
特に吉川広家である!!
それを頭に入れて見て、自分で検証する!!


IF ① もしも石田三成が大垣城で戦っていたら?

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大垣城に岐阜城ラインで戦う!!
実際に家康が思ったより早く来たので、西軍は焦る!!
この時に、宇喜多秀家、島津義弘が夜襲を進言していた???
敵の疲労度を見ている!
この二人は実戦経験がある!!
特に島津義弘は猛将である!!!
朝鮮半島で恐れたが、関ケ原では1000人強の兵士しかいない!
宇喜多秀家は万を越える兵がいる!!!
が三成はこの案を取らなかった??
堂々と決戦したい!!!!

家康はどういうわけか、城攻めが苦手と言われている!
野戦に関しては、この時点で家康より野戦経験がある武将はいない!!
これもどうだか分からないが、関ケ原に三成はおびき出された???
佐和山から大阪城へ攻めあがると!!!
左近は佐和山を捨てろと言っていた??

実際に大垣城を攻めるシュミレーションがある!!
こんなにうまく行くのかと??
ましてや吉川広家がいる!!
関ケ原でも毛利本隊を足止めしている!!
広家が思う通りに動くのか????
家康を攻撃するのか??
ましてや黒田長政と同調している!
狙いは毛利本家を守ることである!!
都合よく考え過ぎではないか?????
関ケ原の移動については「尾崎士郎・篝火」が面白い!!


IF ② もしも小早川秀秋が裏切らなかったら?

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マップに従って各武将の陣地後を回った!!
関ケ原町と垂井町の関ケ原に対する思い入れの差を感じたが………
三成の陣!!
家康の陣!!
吉継の陣が印象深い!!
この陣後から、小早川秀秋の松尾山が見れる!!
「見えぬ目で見た」
裏切りを見る!! 司馬遼太郎である!!
この時、秀秋家臣に、松野主馬がいる!!
この戦いを豊臣家のための戦いと信じている!!!
裏切りを命じられて、秀秋を見限っている!!

実際にどのような判断だったのか??
19歳である!!
それも秀吉の薄い血統で出世している!!

「隆慶一郎・柳生非情剣」がある!!
これに柳生五郎右衛門の章がある!!
小早川秀秋に仕えている!
関ケ原の時に秀秋の苦悩を見ている!!
自分がどうみられているか分かっている???
このエピソードが正解か??
五郎右衛門は後に伯耆で、横田内膳の乱で死ぬ!!
柳生石舟斎の息子の中で、もっとも腕が立った????

秀秋の裏切る時期は?? 裏切ると言うより、最初からの西軍参加である!
大谷吉継は死なず、裏切りもない!
宇喜多秀家は元から戦意旺盛である!!
小西行長も気合が入るか??
島津義弘はどう動く!!!

しかしこれでも毛利が参戦せねばならない!!
長曾我部は????
何より吉川広家がいる!! 動くのか????
家康は逃げて江戸で再起を図る!!
関ケ原では勝負は決まらない!!
そうではないでしょうか???
毛利が本気で参戦すれば、山内一豊、浅野幸長、池田輝政は????

IF ③ もしも黒田官兵衛が戦い続けていたら?

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過大評価では無いか??
これも司馬遼太郎である!!
備中高松城の水攻め!!!
この時、堤防を作り川の流れを変えた!
水は勢いよく増えない!!
この時、急に激しく雨が降り出して、見る見るうちに水かさが増えた
この時、秀吉の運の強さを感じた!
この男についていこう!!
「小事を成すのは力量!!  大事を成すのは運だと!!!」
この話が印象に残っている!!!

司馬遼太郎によれば、頼まれもしないのに九州で兵を動かしている????
関ケ原が終わっても未練がある!!
九州は島津、小西、加藤清正、鍋島、立花らがいる!!
黒田、島津、加藤清正らが東軍である!!
残りは西軍である!!
この西軍の城を落としている!!!
九州を平らげて、中国を平定して家康と争う!!

このシュミレーションは、北陸、甲信越、東北を無視している!!
前田、上杉、伊達を無視している!!
次々西軍に寝返る!!!
毛利がどうするのか???
本戦では家康が勝っている???
三成、吉継は死んでいる!!
宇喜多秀家は薩摩にいる!!
小西行長に、安国寺恵瓊は三成と死んでいる!!
長曾我部も逃げ帰っている!!

中国毛利は?? 吉川広家がどう動くのか??
現実には、毛利取り潰しで、防長二州を吉川広家に与えられる??
ここは安国寺恵瓊がいないので吉川広家が官兵衛につくのか??
仲は悪くない………

丹後には細川幽斉もいる!
官兵衛とも仲は良いはずである!!
だいたい長政がまだ東軍にいる!!
上手くいくわけがないのでは………

結論は大阪城へ入場し、秀頼の補佐をする!!
No2になるとこで終わる!!
第二次応仁の乱の始まりか………

関東には上杉景勝に、佐竹善宜の家康嫌いがいる!!
伊達政宗もいる!!
家康の息子も、秀康と言う大物がいる!!
面白いIFではあるが………

 

2019年4月 5日 (金)

本・日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで(2017/10)・磯田 道史

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豊臣秀吉と徳川家康が転機を迎えた「史上最強のパワースポット」とは。秀頼は本当に秀吉の子なのか。
著者が発見した龍馬や西郷の書状の中身は。「昭和天皇を育てた男」の和歌集に秘められた思い――。
当代随一の人気歴史家が、日本史の謎の数々に迫る。古文書の中から見えてくる、本当の歴史の面白さがここに!


最近は「英雄たちの選択」をよく見ている!
司会が著者である!!
最初は著者を、タレントと思っていた???  怒られそうである!!
そう言う事で、著者の本も読むようになっている!
申し訳ないが、ブックオフか、図書館である!!
内容は下記の通りである!!
その中で面白いと思う記事がある???


まえがき
第1章 古文書発掘、遺跡も発掘
第2章 家康の出世街道
第3章 戦国女性の素顔
第4章 この国を支える文化の話
第5章 幕末維新の裏側
第6章 ルーツをたどる
第7章 災害から立ち上がる日本人
人名索引
初出一覧


第1章 古文書発掘、遺跡も発掘
司馬遼太郎言う! 古文書ではないが、日露戦争の記録で膨大なものがある!!
値段は価値に比例すると??
著者は、古書店にはなじみのようだ??
いい情報も入ってくる?? 金がかかるのではないか??

油酒樽に詰まった埋蔵金
小栗上野介の名前が、必ず出て来るのか??
油樽に入っている、埋蔵金を運ぶのは出来るのか??
相当重い????

秀吉の天下統一と本願寺の協力
信長と違い、薩摩征伐に協力したようだ!!
薩摩は浄土真宗を信じることは禁じられていた!!
そんな事もあり協力した感じがしないわけでもないが………
勝馬に乗ったのか???

城の便所の天井は高く
「加藤左馬殿百物語」 加藤嘉明である!!
「左馬助殿軍語」 合戦戦闘マニュアルがある!
堀主水により編まれた!
戦場での敵兵の数は、半分ぐらいにて報告する??
報告を受ける方もそのつもりで聞くようだ???
これを読んで、戦国の軍勢の数が信じられなくなった???

便所の天井は高く??  入り口もか??
指物を付けたまま、入れるようにである??
実戦派の武将である!!!

「映画・殿、利息でござる!」
これもひょんなことから小説化される!!
そして映画になる! 小説化したのは著者??
友達が多いので、そこから映画化になる!!
阿部サダヲ、瑛太、妻夫木聡らを圧倒する役者が欲しかった?
伊達重村役に、仙台出身の羽生弓弦に依頼する!
本の内容もともかく、映画いいそうだ??
Amazonビデオでやっているので、見てみよう!!!


第2章 家康の出世街道
家康の手相がある!!
線が手のひらをまっすぐ横切っている!
「升かけ」「百にぎり」
天下取りの手相である!!!
実はその手相を知っている!
20代の学生時代に、旅先で淡い恋心抱いた!!!
その女性が、その手相だった!!!
関係ないか?????

浜松に史上最強の霊地
浜松東照宮????
ここには行っている!!
家康、秀吉の像がある!!
確かに客は少ない????

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浜松城????
発掘作業がある!!
それよりも、浜松東照宮の宣伝が効いたのか、参拝客が多くなっている!!

三方ヶ原の戦いの真相
織田の援軍が3千と言う!! これは正しいのか?
もっと多かった??? 佐久間信盛が問題であるが??
この戦、やはり信玄が強かったと???
負けた理由は、織田の援軍が少なかったせいにしている???

敗走のみで、左右の者の刀に痰唾を吐き続けた!!
後日の証拠にした??

浜松のカツオ???
モチカツオと言って美味しいようだ!!
一時期のようだが、家康はカツオのたたきが好きだったようだ!!!

真田の首に語りかけた言葉
家康は真田の首と信じた?
大阪城から金銀を回収した??
大阪城には埋蔵金は残っていない!!!
先鋒の井伊と藤堂に残りを拾わせた??
細川忠興も狙っていた?? 忠興がこの時、ここにいたのか???
小競り合いになっていた???? 人の欲とは???

水戸は「敗者復活」藩
水戸藩は他家の人材を引き取っている??
朝倉氏??  木村長門の子孫??

「家康くん」の天下獲り
天下と言っても、ゆるキャラグランプリである!
負けるわけにはいかない???


第3章 戦国女性の素顔
「築山殿」の元の名は
築山殿とは???
果たして家康との関係はどうなのか??
御前と呼ばれずに、殿と呼ばれている???

美女処刑と信長の死
荒木村重の一族の処刑がある!!
「だし」である?? だしはキリスト教徒ではない?
ガラシャと並ぶ聡明で不幸な女性なのか??

「直虎」を名乗った者は
戦国の女性の大河ドラマ化として名前が挙がっている!
岩村城のおつやの方、忍城の甲斐姫、柳川城のキン千代、井伊谷城の次郎法師!!
大河ドラマの招致は、オリンピックと同じか? 大河ドラマの朝ドラ化????
このあたりの直虎はよく分からない??
実際に名乗ったのか?? 別人なのか???
絶対にやって欲しくないのが、藤堂高虎!!!!!

秀吉は秀頼の実父か
これは面白い!!!
秀頼の誕生から逆算すると、名護屋城へ淀君は行っていなければならない??
どうも行っていないようだ??? 記述も間違いがある????
そうなると、だれが父親かの捜索が始まるのか????


第4章 この国を支える文化の話
信長と同時刻生まれの男
信長は池に龍が住むという噂を確かめるために、池の水を抜いて確認した?
信念、領主にして因習を恐れないので出来た???
同時刻生まれの男??  実際にそれはあり得ない???
だいたいではあるが………
信長はそれを探し出したようだ???
大した差があるのか? それとも気持ちの持ちの持ちようなのか??

毒見をさせた「毒味役」
毒見役が、残した記録は無いようだ?
細川家ではその記録がある!!
忠興が問題である! 毒殺をやりかねない??
ただし、毒見をするのではなく、毒見させる役である!!
毒見するのは、調理したものと、ご膳を運ぶものである???

上方の富くじは太っ腹
大阪の宝くじの購買量は高い??
江戸時代と現在が違うのは、控除率である!
現在は55%??  江戸時代は10%ぐらいか???

江戸期の婚礼マニュアル
あって当然のものである!!!
かっては結婚なんて、家と家がするものであると??

「寺子屋」文化の遺産 日本の教育度は高かった??
ロシアの海軍士官が認めた!! 寺子屋が重要な役割を果たしている!!
それほどの身分差別は厳格なのもではなかった???

我々は「本が作った国」に生きている
自らの出版文化を持ち独自の思想と情報の交流が行われたからか?
本の重要さがある!! 活字である!! ネット全盛では???


第5章 幕末維新の裏側
西郷書簡と日本の歯科
話が面白くつながる???
龍馬から西郷!! 鳥羽伏見の戦から、歯科医の話になる??
面白いが………

「民あっての国」、山田方谷の改革
有名な人である!!  穏やかな人なのか??
敵を作らない! 山田方谷の方谷は、伯備線の駅の名前になっている!!
近年は10数人の乗車である???
越後長岡藩士の河井継之助が訪れている!!
方谷の改革は現在に評価されている!!
こう言う人間のやる改革が上手くいかないわけはない!!!


第6章 ルーツをたどる
全人類の中で
世界の日本の人口比率!!
230年  0.3%
1700年 5%
2000年 2%
2100年 0.75%
日本の存在感は?? 江戸時代はもっと評価されて良いのか??

隠された「宇喜多」姓
細川家が、宇喜田秀家の子孫を抱えた??
ただし宇喜田の名前は使えない?? 幕府に遠慮がある!!
栗田???

黒田家は播磨から流浪か
NHK大河ドラマ・軍師・官兵衛」があった時に、軍師官兵衛巡りをした!!
出生地で、木之本と西脇がある!!
どちらも行ったが、熱意が違う??
まずは西脇である!! どちらかと言うと辺ぴなところである!
行くのにも苦労する? 駐車場は多い!!
展示はあるがかってに見てくれと!!!

一方木之本である! 周遊バスがある!
ボランティアの人間が説明する! 手作りの説明がある??
『~有馬幽閉から関ヶ原へ~』??? 有岡の間違い???
ここで西脇の話を出しても相手にされない???
違いがあった??
ここで福岡の名称の問題がある!!
これを推理している?? 著者は、木之本説に否定的なようだが………

忍者子孫たちとの交流
甲賀の忍びたちの子孫に頼まれる!!
家康の伊賀越をバスツアーで再現したい!
著者に、徳川家の当主に同行をお願いした!
快く引き受けてくれた………

中根東里と司馬遼太郎
江戸時代の中根東里??  相当な大物である!!
著者は、司馬遼太郎との接点を著者は想定している??


第7章 災害から立ち上がる日本人
江戸人と大火
「宵越しの金は持たない」
この言葉の意味は、樋口清之に教えてもらった!!
江戸は火事が多かった???
その為明日のことは分からない?? なので金を貯めても意味がない!!
大火が多いので、仕事が絶えることがない!
つまり働くことが出来て、食べるのに困らない!
そう言う意味と理解している!!!

江戸の隕石いずこに
結局は分からなかったようだが、そんなものを探していた著者はおかしいと??
それがキャラであるが………

津波を物語る寺社
寺社の復旧は早い??
杉や松が塩水で枯渇する??
材料には事欠かないようだ!! 大量にある!!

熊本城サグラダ・ファミリア計画
熊本の地震は、東北の地震の後に起こっている??
復興は難しい!! 当時の姿を残したいし、資材も考える??
ましてや、石垣が売りの城である???


日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで・磯田道史

 

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