四国 (長宗我部他)

2021年9月 8日 (水)

本・戦国大名の戦さ事情 ②(2020/12)・渡邊大門

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第五章 軍師と戦術  その存在の「虚実」
第六章 戦いの実相  野戦・攻城戦の「凄惨」
第七章 戦後処理   「恩賞」と「制裁」の明暗
おわりに
主要参考文献


第四章 兵糧の確保  勝敗を決する「兵站戦」
〇 「腹が減っては戦ができぬ」  兵糧は勝敗を分ける
平安末期から兵糧調達の重要性は分かっている!
源範頼は西国に出陣した時、兵糧が欠乏する!!
頼朝が、全国に兵糧米を徴収出来るようにする!
南北朝時代は、「兵粮料所」が設定された!
その負担率が違う!!


〇 食料は「自前」か? 「支給」か?
腰兵糧は自前、長期は大名が支給する?
いろいろあるものである!!
◆ 持参出来なければ貸し付ける!
◆ 軍勢が不足していたら住民に頼むが、兵糧は与える!
◆ 秀吉は青田狩りを禁止する!
◆ 信長は甲斐出陣の際に、兵糧を補填する!
兵糧が無いと戦線が維持出来ない!!
大名による支給は必要だった!!


〇 兵糧調達の工夫と苦労
平時でも備蓄は必要である!!
いざと言う時、籠城戦のためでもある!!
北条氏で、米を持ち出そうとし、差し押さえをする!
厳重に保管されている!!


〇 兵糧の運搬はいかになされたか
慎重に、警戒して運ぶ!
疑問に思うのは、例えば三木城に兵糧を搬入する!!
魚住とか別府から運搬する!
どの街道を通るのか??
荷車で運ぶのか?
誰が?? 護衛は??
包囲されているので秀吉方の兵との戦いもある!
船で運んで積み下ろし時に襲われる!
荷台の宿送人
を命令で手配する!! 30人??


〇 戦場の補給部隊「小荷駄隊」の重要性
小荷駄は、最後尾に配置する!!
「陣夫(夫丸)」が担当する!
この部隊は戦闘には参加出来ない!!
輸送の他に土木工事にも参加する!!

「輜重輸卒が兵隊ならば、蜻蛉、蝶々も鳥のうち!
 電信柱に花が咲く!」
これは、昔からの続きなのか??
それとも陸軍の伝統が昔に波及したのか??


第五章 軍師と戦術  その存在の「虚実」
〇 武芸・気構え・知識を必要とされた戦国大名
戦国武将は武芸に励んでいる!
馬、槍、刀である!
◆ 朝倉孝景は、名刀を持ってはいけないと!
いくら高価であっても、100本の槍や刀には負ける!
◆ 伊勢宗瑞も馬と馬上の槍を勧める!
◆ 足利義輝は、剣を塚原卜伝、上泉伊勢守に学ぶ!
◆ 誠仁親王は兵法を学んでいる!
◆ 家康は剣を学び、馬術、鉄砲、弓術も学んでいる!

中国古典も必要である!
武経七書!!
『孫子』『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』
『司馬法』『李衛公問対』

足利学校は軍師の養成校ではない!!
◆ 小早川隆景
◆ 鍋島直茂
◆ 直江兼続
◆ 家康は天海を抱える


〇 「軍師」の概念の成立は江戸時代になってから
戦国時代は軍師はいなかった! 江戸時代に言われる!
軍配者である! 沢山いるうちの有名人である!!
◆ 武田信玄  山本勘助
◆ 今川義元  太原雪斎
◆ 上杉謙信  宇佐美定行
◆ 毛利輝元  安国寺恵瓊
◆ 羽柴秀吉  黒田官兵衛、竹中半兵衛
そんな軍師が、戦いを左右できることは無いのではないか????


〇 「兵法」のみならず「占い」にも通じていた軍師
占星術、陰陽道に通じている!
合戦の日取りを決める!
日本は多くの兵法書がある!
宿星、運気、日取、時取、方位を重要視している!
当時は神仏に畏敬の念を持っていたようだ!!!


〇 軍師が用いたさまざまなアイテム
軍配?? 軍配団扇である!!
日月星辰の文様、方位・方角、十二支、陰陽・天文・八卦、
二十八宿、梵字などを箔押しした!
たいそうなものである!!!
ほら貝も使う!!!


〇 軍師の決断 ① 山本勘助だけではなかった武田氏の軍師
小笠原原与斎???
武田家は、軍師の占いにより合戦の日取りを決めた??
卜筮??
中国古代の占意の方法!
卜は、亀甲を焼いて出来る亀裂による占い
筮は、筮竹による占い 

マジックか? 奇跡を見せて信用させる!


〇 軍師の決断 ② 大友氏の軍師・角隈石宗の無念
大友宗麟の、日向・耳川の大敗!!
出陣の日を角隈石宗が占う! 反対する!!
◆ 宗麟が49歳で厄年
◆ 羊申の方角への出陣は良くない
◆ 昨年の彗星の光の尾が西に靡くのは凶兆である

無視されて討ち死にする………


〇 軍師の決断 ③ 北条氏の軍配者・根来金石斎
根来金石斎??  根来出身!
名将たるものは、悪日や吉方を確認して出陣を決定すべきである!
もう一人、白井入道浄三がいる!
謙信が城を攻める!
静かな日がある??
何故か?? 城内に白井入道浄三がいる!!
今日は千悔日、先負の日である!
静かにする日である!!
だから城から攻めてこない???

信用出来るのかどうか??
危ないようだ………


〇 軍師の決断 ④ 上杉氏に仕えた軍師僧侶・清源寺是鑑
上杉景勝に仕える!!
間に、樋口予六が絡んでいる!!
書状に、吉日を選び報告すると!!
出陣の日を占ってもらっている!!


〇 知識は気象予報士なみ? 空模様を見て作戦判断
これは重要である!
KKDの世界か??
空模様で判断する!
信玄に仕えた、駒井高白斎がいる!
天候が左右した戦いは、桶狭間の戦い!
吉日にこだわって、チャンスを逃してはならない!!

秀吉は中国大返しで、上洛日を悪日と言われる!
が、これを切り返す!! 吉日だと!!!
知っている話がある!!
この本ではないが、家康も関ヶ原の時に同じような話がある!
西塞なので他の日に出発するのがよい??
家康は、「それならば、わしが出発してそれを開こう」


〇 史実では確認できない「兵法」の実際
五大兵法学!!
甲州流、越後流、北条流、山鹿流、長沼流!
他には楠流、風山流、源家古法、合伝流………
どうも江戸時代の浪人など職のない人間が生活のために広げた??
たまには純粋に研究する人もいたかも知れないが………
しょせん机上の兵法か???
陣形も実際あったのか??
これで勝てると言う方法は無い???


〇 「軍評定」はトップダウンではなく合議制が基本
「軍評定」は戦いの前に行う!!
しかし信玄、謙信、信長などは自分で決める!!
信玄は、軍評定で意見を述べさせる!
不満が溜まらないようにか???
この内容はトップシークレットなので伝わないのが多い!
◆ 源義経と梶原景時の対立
◆ 織田信長の桶狭間への出陣は、独断である!
◆ 羽柴秀吉の播磨での軍評定で、別所長治の家臣の献言を遮った!
◆ これが原因で離反した??
◆ 小田原評定 負けたから言われる逸話か?
◆ 関ケ原の合戦の、島津義弘の夜襲の進言を、三成は退けた!
後世に作られた話が多い???


〇 「迷信頼み」とは笑えない、出陣前の戦勝祈願
戦勝祈願は当たり前である! 例がある!!
◆ 太田道灌  沼袋氷川神社
◆ 織田信長  熱田神宮
◆ 上杉謙信  帝釈天、妙見菩薩、飯縄明神
◆ 武田信玄  飯縄明神

連歌を神社に奉納し、戦勝祈願する!
明智光秀の愛宕神社の連歌は、本能寺の決意表兵ではなく、
中国への応援の毛利に対する戦勝祈願と考える方が妥当であると!
著者は別の本で書いているが、この時期にわざわざ決意表明するかと!!


〇 出陣前のタブー掟  縁起をかついだ大名
◆ 三献の儀式? 打ち鮑、勝栗、昆布を食べる
打って、勝って、喜ぶ??
◆ 包丁をまたいで出陣する
◆ 兜の上に締める上帯の端を切って捨てる
◆ 北は避けられた
◆ 女性との性行為は禁止
◆ 旗竿の折れた位置
◆ 馬の嘶いた場所による
◆ 大将が乗る船に魚が飛び込めば吉??

根拠も何もない???
そう思えば宮本武蔵は偉い!!!


〇 「啄木鳥戦法」「鶴翼の陣」  机上の産物だった有名陣形
平安時代に唐に八陣を学び伝えた!
大江維時、吉備真備と言う!!
ここらは分からない!
1 魚鱗  中央部を突出させ、人の字型に配置する
2 鶴翼  鶴が翼を広げた形に兵を配置し、包囲する
3 長蛇  長く一列に並ぶ
4 偃月  中央部を後退させ、半月形に組む
5 鋒矢  足軽が前、騎馬武者を後ろで、季を見て突撃する
6 方円  鋒矢に陣形で攻め込まれたら、包み込み迎え撃つ
7 衡軛  前線を魚鱗、鶴翼で、第二陣以下を左右に縦に配する
8 雁行  斜めに陣を組む

もしやるなら相当訓練が必要ではないか?
命令系統が旨く行くのかと思うが………

◆ 川中島の武田の「啄木鳥戦法」
上杉の妻女山を攻撃し、山から下りてきたところを待ち構える!
相当兵力が必要? 各個撃破される!
◆ 上杉の「車掛」
先に出撃した部隊が後退し、替わりに新手が出撃するという、
次々に部隊ごとに攻めては退く………
相当な訓練が必要か???
調べてみる? 本当かいな??
越後でよく採用された陣形で、寒い冬季に移動し続けることで体を温める必要性から生まれた?

鶴翼の陣は、川中島の戦いで武田信玄が、
三方ヶ原の戦いで徳川家康が用いた?? 
要は臨機応変に対応したと言うことか?
戦国武将は、実戦で鍛えられている! 机上の軍学ではない!!


第六章 戦いの実相  野戦・攻城戦の「凄惨」
〇 実はほとんどわからない戦いの実相
兵の実数? 要は分からない!
これを使えば勝つと言う陣形???
そんなものは無い!
先日の歴史ものの実験があった!
秀吉の大垣城からの大返しを実証していた!
これは正しいと思うが、それなら「中国大返し」「啄木鳥戦法」
も実証して欲しいが………
半藤一利が、川中島の「啄木鳥戦法」は
時間的に不可能だと!


〇 信長の戦術 ① 桶狭間の嘘と実
今川の兵数は分からない!
信長公記では4万5千??
義元は桶狭間に進む!
勝っている…………


〇 信長の奇襲戦はほんとうか?
信長は奇襲しかない?
「迂回奇襲説」 そう思われていいた?
「信長公記」「甫庵信長記」を参考にする!


〇 新説・正面攻撃説と残る疑問
これに果敢に批判したのは藤本正行!!
鈴木眞哉も同様か??
史料を読み解いて、「正面攻撃説」を提唱する!
問題は兵力の劣る信長どうして勝てたのか?
天候などを味方にした………


〇 信長の戦術 ② 「長篠の戦い」の真相
問題の長篠の戦いである!
武田勝頼15,000!
家康5,000! 援軍信長30,000と言う!
酒井忠次の鳶ノ巣山砦を攻撃する!
前哨戦でもう不利である!!


〇 激突! 武田騎馬軍団VS織田鉄砲部隊
翌日、合戦となる!!
問題は、
◆ 武田の騎馬隊?? 突撃はあったのか??
◆ それに信長の鉄砲三段撃ちである??
これは「甲陽軍鑑」を参照にしている!
これも問題の書である!!


〇 「三段撃ち」への批判
鉄砲三段撃ちはあったのか? 藤本正行の批判!
◆ 代わる代わるの一斉射撃は不経済である!
◆ 三千もの鉄砲を一斉射撃させる指示は出来ない?
◆ 技量の低いものに合わせなければならなと!
要は分からない?
鉄砲の数も、三段撃ちも永遠に分からない!

武田の騎馬隊?? 突撃はあったのか??
鈴木眞哉の疑問??
◆ 騎馬は指揮官クラスである! 多くいない!
◆ 少ないので騎馬隊を編成出来ない!
◆ フロイス記述に、馬から降りて戦うとある!
◆ 「甲陽軍鑑」にも馬から降りて戦うと!
騎馬隊は無かった????

鈴木眞哉の本はよく読んでいる!
最近は書いていないようだが………
書くネタが少なくなった????


〇 「三段撃ち」への批判に対する反論
平山優が反論する! 三段撃ちである!
◆ 「段」は部隊を示す!
◆ 三段撃ちではなく、銃兵のみの三部隊を、三か所に配置した!
通説は誤読であると!!
◆ 「長篠合戦図屏風」には前と後ろの銃兵が描かれている!

騎馬隊は??
◆ 指揮官だけではなく、他にも存在する!
◆ 「甲陽軍鑑」には馬上戦闘の記録がある!
◆ 「信長公記」には、馬防柵のこと、武田が馬で攻めてきたと!
これも分からない?????


〇 長期戦の常道「兵糧攻め」のメリットとデメリット
攻撃のメリットは?
◆ 将兵の消耗が少なくて済む!
◆ 補給路を断つことによって情報も断つ!

攻撃のデメリットは?
◆ 長期戦になり、金に食料をがかかる! 続けなければ撤退になる!

籠城のメリットは??
◆ 兵の消耗が少ない?
◆ 少ない兵で対抗出来る!
◆ 援軍が期待出来る

籠城のデメリットは??
◆ 食料、武器の調達が出来ない! 援軍が来なければ敗北必至である!


〇 籠城戦のカギを握った兵糧の調達法
短期の場合は自前である!!
籠城戦の場合は備蓄がある!
御用商人を抱えている!!
これらから調達する!!
付近の村々から調達する!!

攻撃側は、主要な街道を封鎖し、搬入を阻止する!!


〇 兵糧攻めの手順
攻撃側は本陣を定める!
包囲すべく、土塁や柵を築く!
水の手を断つ! 
街道筋も封鎖する!!

籠城側は付城を築く!!
援軍を待つ!!
食料を断たれて、援軍が来なくなれば講和である!
調略を仕掛ける!!
内応者?? 攻め口を開けさせる!
城主に切腹を条件に、城兵を救う!!

城内に疫病が流行り、餓死者も出る!
人肉も最後には食べる………
籠城した城の例がある!
一応全部行っている!!


〇 兵糧攻めの実際 ① 三木の干殺し
ここは秀吉の本陣跡がある!
そこから見ると壮観である!
三木は内陸である!
別府や魚崎に上陸し三木まで兵糧を運ぶ!
相当な距離である!
どんな清算があって籠城したのか??
荒木村重からも運ばれている?

ここは完璧に包囲されている!!
援軍も兵糧も入らない!
城内は飢えで悲惨になる!
宣伝効果はある!!!
城主の切腹で降伏させる!


〇 兵糧攻めの実際 ② 上月城の戦い
ここは頂上まで登った!! 苦しかったが…………
この城の籠城は2度ある!
秀吉が毛利方の赤松政範を攻めて、尼子の残党を入れる!
山中鹿介である!
ここの案内板には、「しかのすけ君」がいる!
もっとも有名な人物なのか??

今度は毛利に包囲される!
籠城側3万で籠城側1万と言う!
今の城跡を見て1万も籠城出来たのか??
近くには福原城があるが落城している!
信長は上月城破棄を命じる………
戦略的には正しいが、織田家は信を失う………
神吉城、志方城から攻める!
補給のない上月城は落城し、尼子勝久は切腹、山中鹿介は斬られる………


〇 兵糧攻めの実際 ③ 有岡城の籠城戦
荒木村重である!
広大な城だった! 籠城には適していた!!
荒木村重も成算があって叛乱したが………
が高山右近に中川清秀は織田に残った!
本願寺、毛利、足利義昭が付いている!
結局は補給も間に合わず、援軍も来ず絶望的なる!
荒木村重も毛利に逃げる???
信長の怒りは、女子供を皆殺しにする!


〇 兵糧攻めの実際 ④ 鳥取城の餓え殺し
秀吉に攻められて、山名豊国には降伏する!
が、今度は毛利に攻められる!
城主に福光城の吉川経家が派遣させる!
ここにも行ったが、城は登れなかった………
有能な武将である!!
吉川経家は防衛計画を実行する!!
秀吉が高値で買い取った???
鳥取城は1,400が籠城し、農民2,000が入場する!
秀吉は日本海も抑えて、補給路を断っている!
セオリー通りに攻める!!
城内は飢えで人肉を食べている?
脳みそが旨い???

吉川経家が切腹を条件に、城兵の助命を願う!
植えた後に食事すると、
胃けいれんを起こして死ぬ人間が多い!!


第七章 戦後処理   「恩賞」と「制裁」の明暗
〇 戦死・自裁・逃亡・臣従……… 敗将のさまざまな「戦後」
戦いの終わり方!! 戦いに負けて終わる!
◆ 信玄無き後の武田家!
◆ 義元が戦死後の今川家! これはレアなケースだと!

籠城戦で城主が切腹する!
◆ 備中高松城の清水宗治の切腹!
◆ 播磨三木城の別所長治の切腹!
◆ 因幡鳥取城の吉川経家の切腹!

城主が家臣に愛想つかされる!
◆ 丹波八上城・波多野秀治  後に信長にはりつけにされる!

戦いで負けて敗走する………
◆ 関ケ原の合戦の、石田三成、安国寺恵瓊、小西行長 刑死!
◆ 宇喜多秀家は薩摩に逃げる!!  助命される!


〇 和睦・人質交換  死のみが解決策でなかった
和睦!
◆ 秀吉の九州征伐  島津の降伏を許す!

同じものとしてこれもなのか??
◆ 四国の長宗我部元親!
◆ 越中の佐々成政!
しかし小田原北条は???

和睦時に誓紙を交わす!
いろいろ読んでいると、破られるためにある??
神に誓いながら破る!!
関ヶ原、大坂の陣がそうである???

第二次世界大戦!
独ソ不可侵条約??
日ソ中立条約??
どちらも条約を破っている!!!

和睦には人質を交換する!!
知っている話では、備中高松の陣での、秀吉と毛利は人質を交換している!

黒田官兵衛は荒木村重を説得に行き、裏切ったと思われて、
長政を殺されるかける………


〇 「これは誰の首だ?」 意外に手間取った首実検
「伊東潤・首獲り」 これが詳しく面白い!!
頼まれ首、間違い首、要らぬ首、雑兵首、もらい首!

首実検である!!
◆ 女性と子供は認められない!
◆ 身分の高い武将は、兜とセット!
◆ 首実検の首は、化粧される!
◆ 大坂の陣 髪に功を焚き染めている!
◆ 今川義元の首は、家臣が取り戻す!
◆ 浅井長政、久政、朝倉義景の首を薄濃を施す!
◆ 真田信繁の首は、叔父の信伊が確認したが、
長年会っていないので分からなかった?


〇 戦死者の遺体はどう扱われたのか?
勝者側は遺体を回収する!
黒鍬や遺族である!
僧侶、陣僧が弔う………
敗者側はそのままである??
住民が憐れんで埋葬する??
腐敗臭に耐えれないからだと!!
明智光秀は、戦死した家臣を西教寺で弔った!

負傷した家臣をいたわった!
武田信玄は、湯治を行うため温泉を整備した話は無いが………


〇 戦よりもこちらが目的? 物や人の略奪
戦後は略奪が当たり前か??
「足弱」を獲る! 自分のものに出来る!!
女性、老人、子供………
身代金を払えば開放する例もある!

大阪に陣では、蜂須賀勢が170人連れて行ったと!!


〇 戦後領土画定の実際
薩長土の例がある!
◆ 島津  九州を占領する勢いで、講和しておれば良かったのか?
結局、薩摩、大隅、日向の一部である!
◆ 長宗我部  四国制は目前で敗れ土佐一国!
◆ 毛利  備中、備後、美作、出雲、伯耆をどうするか?
美作、備中を毛利が放棄する!
領土は恩賞になる!!!


〇 落城した城郭はどうなった?
要所にあり、使える城は補修される!
使い勝手が悪ければ破棄される!
関ヶ原以降は平城になる!
井伊直政は、佐和山城から彦根城に移す!!

落城したら城主は切腹!
家族も死ぬ! 
別所長治である!!
実家に帰されることもある! お市の方である!
女性は仏門に入る場合もある………


〇 明暗分かれた敗将の家臣たちのその後
負ければ帰農するか、仕官先を探す!!
負けると見越して敵に通じる!!
家康に通じた、穴山梅雪である!!
武田の赤備えは丸ごと家康に仕える!!
牢人は歓迎されない!
もはや戦いは終わる!!
もう召し抱えない!!
人余りである!!
帰農するか、商工業に従事するか??
だから唯小説の乱が起こった???


〇 合戦後の恩賞 ① 大名たちの場合
合戦に頑張るのは、恩賞の地を手に入れたい!!
成長志向である!
秀吉の天下統一により、戦いが無くなり恩賞の土地も亡くなる!!

転封!!
戦国時代と織豊時代は違う!
江戸時代は、鉢植え大名と言う!!
◆ 加藤清正は動きが少なかった!
◆ 森忠政  美濃金山(7万石)から信濃海津(13万7千5百こく)
◆ 美作津山(18万6千国)へ!

大坂の陣では恩賞は見込めなかった!!
なので戦意も乏しい………


〇 合戦後の恩賞 ② 家臣・雑兵たちの場合
家臣・雑兵たちである!
恩賞は必要である!!
武功で華々しいのは、一番槍、二番槍である!!
軍功には証人がいる??

この時代は、主君と配下の者の関係は、御恩と奉公で成り立つ!
ギヴ&テイクか??
恩賞を与えなかったり、働かなかったら関係は無くなる!!

佐久間信盛は信長に責められる!
働きが悪いと追放される………
自分だけ蓄財に励んでいる!!
要らなくなったから追放した!!
金がかかる人間は追放する!!

「闕所」 意味は???
裏切った家臣は所領を取り上げられる!!
それを恩賞として与えるようだ!!


〇 苛酷を極めた落武者狩り
「映画・七人の侍」
これに農民が刀を持っている場面がある!!
落ち武者狩りか??
穴山梅雪も一揆に殺害される!
光秀も落ち武者狩りに会う!
落ち武者狩りは徹底して行われたのは、
大阪に陣以降であると!! 何故か??
◆ 明石掃部らの生死が分からない!
◆ 激しい弾圧で、抵抗勢力を排除する!


おわりに
著者の本はよく読んでいる!
現在の知識で戦国時代を考えるなと!
安易に二次史料を使わない?
「合戦の舞台裏」が分かって面白い!!!

「司馬遼太郎・播磨灘」
安国寺恵瓊と羽柴秀吉の講和がある!
この返事に15日間、待って欲しいと!!
要は信長に確認しに行く往復の時間である!!
書状の使者なんか捕まれば終わりである!
そう思うと信じられない!
日本で暗号を使った例は聞かないが………


主要参考文献

 

戦国大名の戦さ事情 ②・渡邊大門

 

2021年9月 7日 (火)

本・戦国大名の戦さ事情 ①(2020/12)・渡邊大門

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小説やドラマなどで華々しく描かれることの多い戦国武将とその時代!
しかし、実際の史料から見えてくるのは、華々しさからはかけ離れた、
戦時負担に苦労する大名、規則で縛られる兵士、占い師まがいの「軍師」たち、
戦後処理の明と暗…裏舞台から見えてくる「人・物・金」の軍事システム!
戦国の「リアル」を読み解く!


渡邊大門の本はよく読んでいる!!
押しつけがましくないのが良いと思う!
いくさ事情である!
ここに足りないのは、糞尿の扱いである!
それに水である!!
備中高松城は、水攻めなので、周りに水はある!
が糞尿の始末は??
水攻めの池に浮いているのか??
上月城も行ったが、籠城兵は何処にいたのか??
この糞尿は?? 埋めるにしても体力が無い??
そんな疑問は解決しなかったが…………
内容は下記の通りである!! ① ②と分けて紹介する!!



はじめに
序 章 戦国大名の権力構造
第一章 将兵の動員  戦いの「経済的負担」
第二章 軍装と武具  戦場の「装い」と「兵器」
第三章 戦場の掟   軍の「法律」と「統率」
第四章 兵糧の確保  勝敗を決する「兵站戦」


第五章 軍師と戦術  その存在の「虚実」
第六章 戦いの実相  野戦・攻城戦の「凄惨」
第七章 戦後処理   「恩賞」と「制裁」の明暗
おわりに
主要参考文献


はじめに
戦国時代を現在に当てはめても分からないと!
一次史料と二次史料とがある!
記述されていることは裏を取る?
日記は伝記が多く、思い違いも多い?
比叡山焼き討ちも日記を見れば激しいが、
実際はそんなものでは無かった?



序 章 戦国大名の権力構造
〇 曖昧な「戦国」の時代区分
一般的には応仁元年(1967年)から始まり、
天正元年(1575年)の足利義昭追放までを言う!
諸説があるが、大阪に陣ぐらいまでが、戦国時代か??


〇 改めて問われる戦国大名の定義
戦国大名は戦後からである! 学術用語である!
それまでは、「分国大名」「領国大名」と言われる!
一国以上支配しているだけで無く、一群の支配、国衆でも見なされる?
戦国大名の権力は?
◆ 城を持っている! 城下町を形成している!
商工業の育成、寺、軍事力の強化!!
◆ 判物を発給する
◆ 分国法制定している


〇 時代で変わる戦国大名の出自
◆ 守護から
薩摩の島津、豊後の大友、周防の大内
◆ 守護代から
備前の浦上、越前の朝倉、出雲の尼子
◆ 国人から
安芸の毛利、備前の宇喜田、近江の浅井
◆ 土豪から
蜂須賀、前田、
◆ 一般からは秀吉!


〇 単なる主従ではなかった大名と家臣の関係
◆ 家中型家臣 譜代の純粋な家臣 奉行人としての官僚
◆ 国衆型家臣 自身の領国を持つ、穏やかな関係

変化がある!
◆ 惣領制 惣領が庶子を統制・支配する! が崩壊する!
◆ 寄親寄子性 擬制的な主従関係

役割は???
◆ 宿老  重臣
◆ 祐筆  代筆
◆ 戦目付 戦争の遂行
◆ 取次  諸大名との交渉

家臣の種類!!
◆ 一門衆 血縁関係があり、宿老になる
◆ 譜代習 古くからの家臣
◆ 外様集 途中から、負けた後に家臣になる!!

独断で意見をまとめず、家臣とも相談する!
◆ 別所長治は家臣の意見も聞き、織田と手を切った!!
◆ 毛利元就は、弟、尼子からの養子と争い勝つ!!
◆ 戦国大名と家臣は双務関係にあり、御恩と奉公を媒体とした主従関係にある!
主君に、仕えるメリットが無ければ見離す!!


〇 政宗が整えた伊達家臣団のユニークな構造
伊達政宗の家臣団は?
◆ 一門  伊達成実、石川、留守、亘理、岩城
◆ 一家  石母田、大條、柳川、栗川
◆ 準一家 猪苗代、保土原、上遠野
◆ 一族
◆ 外様

一門は役職に就けない!
仙台藩城下町、48館体制!
政宗家家臣団は、身分が低いながら登用された武士が多い!


〇 主君との同盟的性格が強かった上杉家臣団
1559年は! 「侍衆御太刀之次第」
◆ 直太刀衆   一族・庶子
◆ 披露太刀衆  中核家臣団  上越、中越、下越
◆ 馬廻年寄分衆 譜代年寄側近衆
◆ 信濃大名衆
◆ 関東衆

1574年は! 「御軍役帳」
◆ 一門衆
◆ 国衆  上・中群
◆ 国衆  下郡
◆ 旗本衆

謙信の家臣団の特徴!
◆ 国衆を完全に制圧したのではなく、同盟関係にある!
◆ 譜代の家臣に新参の家臣との対立!
要は謙信の支配は盤石なものでは無い!!
「越後の虎」は、配下とは穏やかな関係だと!!


〇 「幕府」対「守護」の構図だった室町期の戦争
室町期の戦争は??
◆ 1391年 「明徳の乱」 足利義満、11カ国の守護の山名氏を追放!
◆ 1399年 「応永の乱」 足利義満、大内氏討伐!
◆ 1441年 「嘉吉の乱」 6代将軍、義教を赤松満祐が殺害! 

守護が他国へ攻めることは無かった?
将軍が家督相続に介入しだして、応仁の乱に発展した???


〇 下剋上の世到来、戦乱の時代へ」
◆ 1483年 但馬守護職山名氏は、播磨に侵攻する!
幕府の守護職の任命を無視した戦いである!
結局山名氏は撤退する! 補給の問題がある!!
◆ 1538年 出雲の尼子氏は播磨に侵攻する! 侵攻と撤退を繰り返す!!
◆ 1552年 尼子晴久は8カ国の守護になる! ただし実力で勝ち取らなければならないと!

幕府VS守護職から、他国への侵攻が始まる!
伊豆の伊勢宗瑞である! 備中の国出身である?
関八州を掌握した!

斎藤道三は親子の国盗りである!
ここらの時代の流れは?? 
親父が何時仕えて、息子は何歳で引き継いだのか?

下剋上は、主君の器量不足が原因である??
主君より劣るものが成功するのか?
成功しても短時間か???


〇 「生きるか死ぬか?」 撃滅戦と敗将の家臣化
滅ぼすまでの例がある!! 毛利元就である!!
◆ 1551年 大内義隆は陶晴賢に滅ぼされる!
◆ 1555年 毛利元就は安芸厳島で、陶晴賢を破る!
◆ 1566年 月山富田城の尼子氏を滅ぼす!

大名が大きくなると家臣も必要になる!
負けた方の家臣も抱える!
◆ 毛利氏は、大内氏、陶氏、尼子氏から抱える!
◆ 宇喜多直家は、滅ぼした浦上家から抱える!
◆ 家康は武田家の「赤備え」の部隊を丸ごと井伊直政に預ける!


〇 戦争を避ける「知恵」  同盟関係と和睦

戦争は国境付近で行われる!
当たり前だ、攻めてくる敵は国境で迎え撃つ!
◆ 桶狭間の合戦 三河と尾張
◆ 備中高松城の水攻め 備中と備後
◆ 関ヶ原 美濃と近江

同盟はどのようなものか??
ここには出て来ないが、織徳同盟がある!
どちらにとっても益になる!!
◆ 甲駿相三国同盟! 武田信玄、今川義元、北条氏康!
お互いの領土への侵攻させない! 不可侵条約か???
婚姻でしばる!!
◆ 近功遠交 豊後の大友氏は、毛利対策で、備前の浦上氏と結ぶ!

和睦がある!!
◆ 勝利目前の攻撃側が一定の条件を付けて和睦する!
◆ 敗北寸前側が、自身の切腹を条件に開城する!
戦争回避の手段である!!


〇 「天下統一の戦争」の時代へ
足利義昭が信長に追放される!
信長包囲網である!!
毛利輝元、大阪本願寺、荒木村重、波多野秀治、別所長治………
上杉、武田………
天は信長に味方する!
武田信玄、上杉謙信と亡くなる!
後は各個撃破か??
松永弾正もいる!!

本能寺の変が起こる!
秀吉引き継がれて、四国、九州、小田原、奥州仕置を終える!
以降「鉢植え大名」になる!


第一章 将兵の動員  戦いの「経済的負担」
〇 兵農分離で「職業軍人」は生まれたのか?
日本は兵農分離が進んでいない!!
秀吉の太閤検地がある! 兵農分離策を押し進める!
◆ 兵と農を分離し、兵は農業に従事しない!
◆ 武士は農村から離れて、城下に住む!

信長は兵農分離の先駆者か??
そうとも言えないようだ………
イメージが先行している!!

安土城で家臣が火を出した! どうも単身赴任のようだ?
それで失火した!
信長は120人の尾張の家を焼かせた!
家族ぐるみで安土に住むようにする…………


〇 「武士か? 百姓か?」 選択を迫った秀吉
1586年 秀吉の11ヶ条の定め!
新しい主人に仕える時、旧主人の許可が必要!
◆ 奉公人  下層の侍身分 
◆ 中間・小者・荒らし子  武士の最下級身分
服装も決まっている!
兵農未分離の土豪に、百姓となるか、

1588年 刀狩り
九州が多い!!
肥後の佐々成政の一揆千積失敗で、農民から刀を取り上げる!
戦国時代のは、兵農未分離の状態が続いていた………
専門的な軍事訓練を受けた軍人の軍隊ではなかった??


〇 兵の動員は「陣触れ」から
北条氏の陣触れが書状で残っている!!
① 豊臣軍が攻めて来るので準備して欲しい!
以前から出陣が多く申し訳ない!
② 期限は改めて伝える
③ 来年におなるだろう
④ 武具の綺羅については不問にする
⑤ 普請道具も持参すること

命じられれば直ちに出陣した!!


〇 陣鐘と法螺貝は合戦スタートの合図
法螺貝は技術が必要である??
北条氏邦は、陣鐘と法螺貝で直ぐに馳せ参じよと!
吉川経家の鳥取城籠城戦!
攻撃側の秀吉は、陣鐘と法螺貝を鳴らし続けた………
これは威嚇であるが……


〇 「触口」 戦地での報告担当
「触口」
軍事の報告を担当する! 報告全般を担当する!
遠国の地に動員をかける時は、法螺貝では間に合わない!
その時は書状による!
合理的な連絡方法を確立していたと!!


〇 戦場へ赴く際に持参する物とは?
◆ 武器 刀、弓矢、鉄砲、火打石、火縄………
◆ 薬  どこまで効くのか?
◆ 兵糧 糒、炒り米、味噌、塩、梅干……
◆ 鍬、鉈、まさかり、鶴嘴………

米の戻し方は面白い???
これで第二次世界大戦も戦ったのか???


〇 戦時の負担を定めた「着到」
北条の例がある!
◆ 1572年 25貫文 3人
① 槍
② 指物持
③ 馬上

◆ 10貫文 2人
① 槍
② 馬上

◆ 284貫400文 36人
① 3本 大小旗持
② 1本 指物持
③ 1張 歩弓侍
④ 2挺 鉄砲侍
⑤ 17本 槍
⑥ 7騎 馬上
⑦ 1騎 自分
⑧ 4人 歩者
槍が主力か???


〇 着到の事例 ① 武田氏のケース
◆ 1562年 小諸城城主 大井高政  45人
① 槍   30本
② 弓   5張
③ 持槍  2丁
④ 鉄砲  1挺
⑤ 甲持  1人
⑥ 小籏持 1人
⑦ 指物持 1人
⑧ 手明  4人

所領の安全を保障して、軍役を求めたようだ………


〇 着到の事例 ② 上杉氏のケース
◆ 1575年 上杉景勝が、家臣吉江資堅に命じる
① 馬上  40騎
② 手明  40人
③ 大小旗 25本
④ 鉄砲  20挺
⑤ 槍   250本

◆ 上杉家全体では? 有力武将36人!
① 槍   3604本
② 手明  316人
③ 大小旗 368本
④ 鉄砲  316挺
⑤ 騎馬  566人
合計 5504人

◆ 1577年 81名の武将が記されている!
越中、能登、加賀、上野を含む!


〇 戦時だけとは限らなかった「軍役」
城の普請も、軍役である!!
◆ 1574年 秀吉は今浜城の普請を命じる!
身分によらずに動員される!
◆ 1587年 堀秀政は、佐和山上の弟に道普請を命じる!
北陸攻めへの対策である!
◆ 北条氏の書状は多い!

読んでいると、実情に合わせて人数を出させている???


〇 「軍役」は武将にとってかなりの負担
「御前帳」???
国家的な土地台帳である!
これによって動員数が決められる!
50万石なら、15,000人から25,000人である!

◆ 朝鮮出兵 島津氏 10,000人を苦しいので3,800人しか送れない?
それが活躍するが………
◆ 関ヶ原 島津は1,300人しか送らなかった!
◆ 同上 長宗我部盛親は2,000人でよいところ5,000人引き連れる!
◆ 同上 立花宗茂 1,300人でいいのに、4,000人引き連れる!

戦争は莫大な経費が掛かり、財政をひっ迫した………


第二章 軍装と武具  戦場の「装い」と「兵器」
〇 時代とともに変化する「軍装」
甲冑が重要である!!
平安時代は騎射戦である!
大鎧が重要である!
時代とともに、徒歩戦になる!!
人数も多くなる!
胴巻きに、腹巻を使用する!
軽装で戦う足軽が使う!

具足も進化する!
全身を覆う!!
籠手、脛当て、佩楯、面具とある!

「具足始」 元服した男子が初めて甲冑を着用する!
甲冑師が重用される!


〇 規律が求められた軍装の統一
軍装が統一されれば強く見える!!
◆ 武田の小畑一党は赤、武田信豊は黒!
◆ 同じく、飯富虎昌、山県昌景、浅利信種、内藤昌秀、小幡信貞が赤!
◆ 「井伊の赤備え」 武田家遺臣を井伊直政に預ける!
◆ 真田信繁も赤で統一した!

赤は目立つようだ…………


〇 刀 「武士の心」の使い方
刀の産地は、相模、美濃、山城、大和、備前…………
多くの名工がいる!
古備前派、小一文字派、福岡一文字派、粟田口派、千住院派………

の進化がある!
◆ 奈良時代 剣 両刃で刺す
◆ 平安時代中期以降 太刀 刃を上に向けてぶら下げる
◆ 鎌倉時代中期以降 打刀 刃を下に向ける 鍔が付く
◆ 脇差  小型の刀

材料は玉鋼!
良質な部分を、皮鉄、心鉄に選別する!
ドラマで見る限り、正装で刀を打つ!
火、ふいごが重要か???
片目、ちんばになるか???


〇 弓矢 鉄砲以前の主力飛び道具
弓は高度な熟練が要求される!
弓の素材は??
イヌガヤ、イヌマキ、クワ、アズサ、ケヤキ??
平安時代以降は、木と竹の合成「伏竹弓」
江戸時代は「ひご入り弓」

合戦の始まりは矢を射かける!
弓の性能もだんだんと上がり、遠くに打てるようになる!
強力になる!!!
鉄砲の修練が簡単になると、弓はすたれる!


〇 槍 突き、払い、叩き  万能の武具
槍は主要な戦力である!!
◆ 元寇により槍が出現した!
◆ 「応仁・文明の乱」で足軽が槍を使う!
◆ 朝倉孝景 1本の名刀より、100本の槍!
◆ 斎藤道三は、槍の重要性を認識していた!
◆ 穂の長さにより区分がある
◆ 穂先も、直槍、片鎌槍、両鎌槍
◆ 北条氏照は、竹槍は不可と言う!
◆ 槍衾  威嚇できる
◆ 信長は三間半の槍を思いつく! 実際は使い難い!!

大平洋戦争 竹槍で戦わそうとした日本!!
北条氏でも無理と悟っている!
日本陸軍がいかにあほかと言うことか………


〇 刀より「コスパ」が良かった槍
槍がある! 刀に比べて鉄の量が少ない!
鉄砲は熟練を必要としたが、槍はそこまでではない!!
薙刀もある………
刀や鉄砲に比べて生産性が良い!!
主要な武器である!!

「映画・ワーテルロー」
サーベルをふるって突撃するイングランド騎兵!
迎え撃つフランス槍騎兵!!
槍も大きさがある!!


〇 鉄砲 伝来の通説に疑問符
昨今は、種子島と言うことも疑問視されている??
昔読んだ本に、これが種子島でなく屋久島に流れ着いたらどうなっていたか?
鹿児島の阿久根市も伝来の候補地と言う!
ネジの構造を教えてもらうために、娘を差し出した??
そんなことは無いだろう………
要ははっきりとは分からない!!
近江国友、日野、根来、堺が生産地である!!
畿内を握ったものが、鉄砲を握る?
つまり天下である!!!


〇 信長の海外交易は鉄砲原材料確保のため?
鉄砲は黒色火薬が用いられる!
硝石70~85%、硫黄10~20%、木炭5~10%である!
日本で硝石は取れない! 輸入に頼る………
火縄は、木綿・檜、竹が使われる!
使い分けがあったようだ!!
こうなると、経済力のある大名が有利なのか………


〇 鉄砲を制する者が天下を制す
鉄砲は数もあるが、銃者の能力が左右する!
鉄砲集団は、雑賀、根来がある!
訓練が必要である!!
訓練していなければ処罰される!
東国の場合は、5~10%の装備と言う!
狩猟をしていたものも動員される!!
国友と堺を押さえた信長、秀吉が有利である!


〇 大砲 その圧倒的破壊力
大筒???
口径が、20mm、30mm、75mmある??
16世紀後半に使用される!

◆ 1575年 立花道雪は娘に大鉄砲15挺と小筒1挺を贈る
◆ 1589年 北条は大筒20挺を鋳造させる
◆ 1578年 秀吉は神吉城攻撃に大鉄砲を使う
◆ 1586年 臼杵城にこもる大友宗麟は、石火矢を使う
◆ 1614年 大阪の陣で、家康が使う

稲富流の稲富祐直は、細川忠興に仕える!
後に刺客を放たれる………


〇 投石 シンプルながら効果絶大
「橋本忍・戦国鉄砲商人伝」
これは面白い!
商人は甲斐にの武田信玄に鉄砲を披露する!! 
武田家は冷ややかである??
鉄砲は連射出来ない!! 武田の石礫隊がいる!
悪夢を見ることになる!!
飛び立つ鳩をみな撃ち落とす!!!
この石礫隊は、相手に嫌がられるが、上杉謙信の軍は耐えたようだが………
鉄砲は連射出来ない!!信玄に言われる!!
「その飛び道具、この国ではものの役に立たぬ! 
海を越えどこか違う国に売りに行け!!」

これを思い出す!!
礫、飛礫、印地………
そこらに落ちている石が武器になる!
有効性も高い!!!


〇 「騎馬戦」は疑問? 馬の活用術
馬はもう役目を終えた???
モンゴルは全て騎兵で、変え馬も持って遠征に行く!
戦争に、農業に、物流に使う!!
戦国武将は馬術を重視する!!
名馬がいる!!
◆ 山内一豊  鏡栗毛
◆ 武田信虎  鬼鹿毛
◆ 本多忠勝  三国黒
◆ 柴田勝家  百里鹿毛
◆ 前田慶次  松風
◆ 森長可   伯楽として名高い道家弥三郎を抱える!
そこで長篠の合戦になる!!
騎馬隊の突撃はあったのか??
結論は出ない! どちらも反論出来るようだ!!


〇 戦国大名が活用した「水軍」の威力
海の土豪??
まったくの海賊ではない!
陸上でも関所があり、通行税を取る!
海でも船の通甲料を取る!!
織田と本願寺での争いで、
毛利水軍、村上水軍VS九鬼水軍か??
鉄工戦である!!

◆ 安宅船 母船!
◆ 関船  機動性に優れている!
◆ 小早  少人数で俊敏に動ける!

武器は??
◆ 熊手
◆ 藻外し
◆ 船槍
◆ 琴柱棒
◆ 火矢
◆ 鉄砲
◆ 焙烙火矢

朝鮮侵攻では、水軍が活躍する!!
日本は負けるが………


〇 城 要塞にして作戦本部
山城、平山城、平城………
立地も考える!!
◆ 攻撃する場所が一方向!
◆ 川の近く!
◆ 主要な街道の近く!
◆ 海の近く!
◆ 付城
◆ 支城を造り、ネットワーク化する!
城普請は領民の仕事のようだ??


第三章 戦場の掟   軍の「法律」と「統率」
〇 軍令・軍法・禁制  大名家中の「ルール」
軍令・軍法・禁制とは???
◆ 軍令 軍や陣中での命令、作戦・用兵に関する統帥の意味
◆ 軍法 戦争の方法・戦術・兵法、軍隊の法律・刑法・軍律
◆ 禁制 禁止事項、制札、定書、掟書

実例 ① 上杉氏の軍法
1531年 越後衆合戦の注意事項!
① 陣取りや、陣場で争わない
② 喧嘩に知り合いと称して加担しない
③ 軽率な振る舞いは、古法によって沙汰する
④ 無断で陣払いしない、もし行う場合は全て引き上げること
⑤ 陣取りの時、道や陣場の前を広くとる
⑥ 用心を怠らないこと
⑦ 具足を脱ぎ置いて油断しない

1555年 上杉謙信(長尾景虎)軍陣誓書!
① 私が唯一唯二の掟である
② 陣中で喧嘩をしてはならない
③ 備についての情報は正しく伝えること
④ 行き先がどこであろうとも景虎の考え通り奔走する
⑤ 合戦が終わり、重ねて出陣要請があった時、一騎だけでもはせ参じること

ここまで忠誠を求めるのは珍しい!!


実例 ② 今川氏の軍法
1559年 今河義元戦陣定書
① 兵糧と馬飼料は、着陣した日から与える
② 出陣の日には、間違いなく出発すること
③ 喧嘩口論は、双方とも処罰する
④ 追立夫、押買、狼藉をしてはならない
⑤ 新しい主人に仕える場合は、古い主人に断ること! 
無断で主を変えることを禁じる!
⑥ 城を攻撃するとき、計画以外の攻撃を禁止する!
⑦ 陣は奉行の支持に従う!

違法な手段で手柄を上げることを禁止する!!


実例 ③ 毛利氏の軍法
毛利元就の11か条に渡る軍法!!
◆ 命に背いたら、過失である!
◆ かってに軍功を挙げても忠誠とは認めない!
◆ みっともない真似をするな!
勇敢に戦うことを命じる!!


〇 まるで生徒手帳? 城の見張り時に定められた細かな規則
1559年 信玄の在番の軍法である!!
① 昼夜の番を怠らない
② 番所において、大きな声を出さないこと
③ 楽や雑談をしないこと
④ 下女などに対して、戯言をしないこと
⑤ 歩行のとき、法度に背むかないこと!

1569年 信玄の定書! 駿河久能城!
① 門城戸の番を昼3回、夜5回に改めること
② 諸城戸は、酉の刻に閉門、辰巳の刻に開門!
③ 当国衆を城内に入れていけない
④ 板垣信頼が巡検し、破損部分を修繕する
⑤ 敵と戦う時に、塀際で戦うこと
⑥ みだりに城外に出かけることを禁止する
⑦ 大酒を飲むことは禁止する
⑧ 人質の見張りを疎かにしない
⑨ 具足などの武具は折に触れて点検すること
武田家の法に対する厳しさと、具体的であることが分かる!!


〇 郷民からの支持につながった上杉氏「掟書」
1560年 長尾景虎の春日山城の城の留守の家臣に出す!
合戦時は、領民に「避難場所として春日山城」を指定する!
郷民からの支持を貰う!!


〇 就業規則のような北条氏の「定書」
1575年 小曲輪の主事について定書!
① 朝の開門は日の出を確認する! 夜は入相の鐘、日没を確認してから!
背いたものは厳罰に処す
② 掃除を欠かさず、竹木を切ってはならない
③ 病気などの場合は、代理、報告して指示に従う
④ 一日中寝ないで、芝の上を歩かない
⑤ 武具をしかるべき場所に置く
⑥ 番衆中で不逞のものは容赦せず、主であれば報告する
⑦ 将兵のいる時間の指示がある

指示は具体的である!!!


〇 「抜け駆け厳禁!」 「関ヶ原の戦い」における軍法
会津征討時の15か条の軍法!!
① 喧嘩口論は禁じる
② 味方の地で放火、狼藉を行うものは成敗する
③ 味方の地で田畠における陣取りを禁止する
④ 先手に断らずに物見は出さない
⑤ 先手を差し越えて出陣した場合、軍法に背向くので成敗する
⑥ 理由もないのに他の備に交らない
⑦ 行軍の時に、脇道は通行禁止である
⑧ 奉行の指示に違反すれば成敗する
⑨ 使者がどのような人物でも、指示には従う
⑩ 持鑓は禁止する
⑪ 馬は合バレさせない
⑫ 小荷駄隊は、他の軍勢に交らない
⑬ 諸商売や狼藉は禁止する
⑭ 下知なく陣を引き払ったら処罰する
⑮ 陣中での人返しを一切禁止する

軍勢の統制を図る!!


〇 「大坂の陣」 効果のなかった前田氏の軍法
前田家は、大阪の陣」に際して軍法定を制定する!!

第一条 行軍や布陣で備の統制を守ること
第四条 後尾の者は、先陣に紛れ込んではならない
第五条 利常の指示に従わなければ、手柄を認められない
第六条 諸事につき奉公人の指示に従うこと
第七条 利常の使いの身分がいかなる者でも指示に従う
第十条 牢人衆は先陣に加わってはならない

大坂冬の陣で真田信繁に負けている!
聞き取り調査がある!!
① 陣替のとき命令に従わない
② 鉄砲の者を連れて撃たせなかった
③ 退却の時鉄砲の者を連れて首尾よく行かなかった
④ 組の鉄砲頭が先へ出ようとした時、正確な状況が伝わらなかった

前田家の敗北した要因は、軍法違反だった!


〇 「お上」からではなく、住民の要請で出された「禁制」
制札は???
① 制札は上から一方的に与えられるものでは無く、
必要とするもの要請で下付される!
手数料が必要!
② 敵側が発給される場合もある!
③ 制札の存在で、軍隊が駐留したことを意味しない!

◆ 御判銭 禁制そのものの代金を意味する!
◆ 取次銭 禁制発行を取り継いだ者への謝金!
◆ 筆耕  禁令の執筆料

信長は礼銭を禁止する!!!!!


〇 禁制の実態  「テンプレート」があった?
要は雛形があり、花王も押されている!
後は禁制の文字の下に、村落や寺社の名前を書く!
分かり易い話である!
テンプレートがあった………


〇 禁制発行の礼金を「踏み倒し」
備中高松城攻めが終わる!
吉備津神社が「御半銭」を納入しなかった!
高額なので払えなかった!!!

 

戦国大名の戦さ事情 ①・渡邊大門

 

2021年9月 6日 (月)

本・清須会議 秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?(2020/7)・渡邊大門

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秀吉はいかにして、織田家の後継者たる信雄、信孝を追い落とし、
勝家、家康を凌駕したのか!?
秀吉が大きく飛躍するきっかけとなったとされる「清須会議」。
しかしながら、秀吉の天下取りへの道のりは、「清須会議」に限らず、
少なからず俗説がまかり通っている。
織田家の人々、ライバルとなった諸将との関係にも注目しながら、
秀吉の天下人までの道のりを、丹念に検証する。


最近感じるのは証言は当てになるのか??
特にウソが多い???
◆ わざと、本当に嘘をつく!!
◆ ごっちゃになって分からくなっている!
◆ ここまでは確かであるが、それ以降は、色々聞いて分からなくなっている?
戦国時代の書状も、都合よく書かれていてウソもある!!
味方にするには、ウソも必要である???
研究者も大変である!!
裏を取らなければならない!!
新しい史料と喜んではならないようだ!!
地道な研究が必要か??
著者は押し付けがましいことは言わない!!
どちらともいえない???
内容は下記の通りである!!


はじめに
序 章 清須会議への道のり  信長の死と後継者問題
第一章 従来説に見る清須会議の展開
第二章 清須会議の真相と新たな政治体制
第三章 清須会議後の争乱  賤ヶ岳の戦い
第四章 徳川家康の屈服  小牧・長久手の戦い
第五章 関白就任と家康の従属
第六章 豊臣政権の確立
おわりに
主要参考文献


はじめに
清須会議?  清州会議?
これも司馬遼太郎か? 
この会議は「新史・太閤記」にある!
どうも史実とは違うようだが………
そういう事では「三谷幸喜・清須会議」もエンターテインメントか??
俗説を排する………
信孝と信雄の関係!
後継者??
宿老???
秀吉の天下取りを検証する!!!


序 章 清須会議への道のり  信長の死と後継者問題
本能寺の変は3時間余りで、クーデターは成功する!!
やることはやっている!
朝廷を押さえている!!

織田軍団は?
◆ 北陸  柴田勝家、佐々成政、前田利家、
◆ 中国  羽柴秀吉
◆ 関東  滝川一益
◆ 四国  信孝、丹羽長秀、津田信澄
◆ 摂津  中川清秀、高山右近
光秀にとっては状況は良い??
中川清秀、高山右近は与力である!
大和にも与力の筒井順慶がいる!!
弾正はもう死んでいる………
信忠は京である!!
秀吉の大返しが無かったら、どうなっていたか??
相手は家康か、勝家か??

秀吉が毛利と講和し、大返しで光秀を破る!!
織田家をどうするのか??
清須会議である!!
主導権は秀吉にある!!


第一章 従来説に見る清須会議の展開
織田家の宿老 羽柴秀吉、柴田勝家、丹羽長秀、池田恒興!
そして同盟者、徳川家康!!

柴田勝家 織田家一の宿老!
加賀、能登、越中……… 織田家武闘派の巣窟と言う!
本能寺の変の翌日、越中魚津城が落ちる!!

池田恒興 信長の乳兄弟!
光秀の与力ではない! 功績は大きい?

丹羽長秀 軍事・政務の要!
摂津で四国攻めで軍はいたが、まとめ切っていない!
功績は大きい??

滝川一益 関東の抑えとして期待が大きい!
が、本能寺の変後、北条に敗れて宿老から落ちる???
信長あっての一益か??

徳川家康 本能寺の変の時は兵が無い!
それでも三河に帰り、一戦混じる気であった!
一益と同様に出遅れた!!

清州会談も、その記録は一定ではない!
従来設?
後継者に三法師を確立! 勝家は信孝を推す!
長秀、恒興は秀吉に取り込まれる!
所領配分も秀吉のペースになる!!
ここで主導編を握り、天下人へと乗り出す!!

二次史料には何が書かれていたのか?
◆ 小瀬甫庵 太閤記
三法師が継ぐのは規制の事実! 秀吉を褒める!
◆ 川角太閤記
清須ではなく岐阜! 池田恒興が出て来ない!
秀吉の意見に勝家が同調している! 後見人は秀吉!
◆ 細川忠興軍功記
勝家が遅れる! 秀吉の主張が通る!
◆ 総見記
信孝、信雄では片方を立てるわけにはいかない!
三法師を立て、後見人は、信孝、信雄で、4人の宿老が政務を担当する!
◆ 惟任謀叛記
後継者は三法師で、政務は宿老4人!

以上をまとめると!
① 三法師が家督を継ぐ!
② 尾張は信雄
③ 美濃は信孝
④ 政務は4人の宿老

他の史料としては??
◆ イエズス会日本年報
信孝が後継者なら布教に良い! 都合の良いことを報告している!
◆ 日本教会史
秀吉の策謀と見る??

当時の状況は???
◆ 信忠の死! 後継者も亡くなった!!
◆ 信雄は三成を討てなかった!
◆ 信孝は秀吉軍に参加した!

最近の天下論??  天下とは??
① 京都を中核とする世界!
② 義昭や信長ら特定の個人を離れた存在!
③ 将軍の管轄領域 大名の管理する国とは違う!
④ 広く注目を集め、「輿論」を形成する公的な場!
この時期は、畿内???
日本と言う意味はもっと後!!
秀吉の天下統一の頃からか………


第二章 清須会議の真相と新たな政治体制
他の記録がある!!
◆ 多聞院日記 伝記である!!
4老臣に、堀秀政が入り、5人と言う!
5人で政務をみる!!
信雄と信孝が争った………
◆ 金井文書 
信雄と信孝が三法師の名代を争う………
家康が誓紙を出している!

各地の状況は??
◆ 秀吉は信長の息子を養子として迎えている! 秀勝である!
信長の後継者ではないと秀吉は言う!
◆ 「若君様」 三法師である??
◆ 信孝と信雄は、三法師の名代を争い、家督を争ったわけではない!
◆ が、二人が争ったとも言えるようだ???
◆ 堀秀政が三法師のお守りをする! 名人太郎である!
◆ 細川藤孝、忠興、松井康之に加増する!
◆ 滝川一益が領地に不満である?
◆ 信孝・信雄の美濃と尾張の国境の争いがある!

信長の葬儀がある!!
身内に重臣は参加していない!
棺の前後は池田輝政に羽柴秀勝である!
信孝に信雄は参加していない?

国境問題?
自然が境目なら問題は少ない!
川なら問題ない???
美濃と尾張で兄弟で問題になる!
これは解決した記録はないようだ!
その争いで、葬儀どころではないと!

三法師は信孝が預かっている?
早期に安土城への帰還を主張する秀吉!
慎重な勝家?
主導権争いである………
その勝家の不満である! 堀政秀への書状!!
◆ 勝家が秀吉と約束して決めたことは相違ない!
信孝の勧めでお市の方を貰う!
◆ 清須会議の決定が変わる?
◆ 勝家は長浜を貰っているが、不正はしていない!
◆ 三法師を安土に戻す?
◆ 秀吉の勝手な振る舞いが多い!

秀吉は信孝の家臣に書状を出している!
言い訳じみている???
秀吉は信孝との対決を覚悟する??

この章は???
◆ 三法師の家督相続は既成事実!
◆ 信孝と信雄は名代を争った!
◆ 名代は認めず、4人の宿老が守り立てる!
◆ 領地配分では秀吉が有利になる!
◆ 秀吉は与党形成に走る………
◆ 信孝と信雄は不仲になる!
◆ 信長の葬儀は秀吉が行う!
◆ 「ハシマカマ  羽柴がまま」????


第三章 清須会議後の争乱  賤ヶ岳の戦い
北陸、関東甲信越、東海、東北、畿内、中国、四国、九州!
どうなっているのか?
畿内、中国は織田家が押さえている!!!
越後は上杉!
東海は家康!
四国は長宗我部!
九州は島津!
東北は論外で、問題は関東の北条に甲斐、信濃の跡地である!

各地で争乱が起きる!!!
信濃は、上杉、北条、徳川、織田!
甲斐は、北条、徳川!
家康、氏直は和睦する!
◆ 家康 甲斐・都留、信濃・佐久!
◆ 氏直 上野・沼田、吾妻!
◆ 沼田が後に問題になる! 真田である!!

その前に、勝家・信孝VS秀吉の戦いがある!
賤ケ岳の戦いである!!
まず信孝の謀叛である! 力があったのか??
秀吉は長浜の柴田勝豊を調略する!
美濃が調略されて、武将たちが秀吉に付く!
信孝は和睦を求める!!
名代が信孝から信雄に代わる!
恒興、長秀、秀吉は認める!!

信孝は勝家と結ぶ! 一益も同調する!
秀吉は上杉景勝と和睦する!
秀吉は搦手から攻める??
家臣を篭絡する!
まず一益が降る!!
秀吉の勝家攻めがある!!
敵に敵は味方??
勝家も毛利に書状を出す!!
足利義昭もである!!
秀吉の方が、こう言う調略は得意である!
はなから秀吉有利か??
この時に、秀吉は結城氏にも書状を出している!
毛利にも手を打っている??

猛将・佐久間盛政が急襲する!! 鬼玄蕃である!
中川清秀が討ち死にする!!
ここ引き上げるとの指示を守らない!
更に戦果を広げようとする………
が、大垣にいた秀吉の大返しがある!!
「美濃大返し」
道々に兵糧を手配する!!!

賤ケ岳には行っている!!
当然ロープウエーである!
しかしその時地元の青年が歩いて登って来ている!
少し話したが、ここの景色が好きだと!
こんなところに何万の兵がいたのか??
登だけでも疲れる!!
このあたりの兵数については、ホラ、誇張がある!
宣伝戦である!!
勝家は滅びる………
前田利家は裏切る!!
信孝の死については分からない??
切腹とあるが………
信雄に殺されたのか?
信雄は秀吉の傀儡になる??

秀吉は中国、毛利と和睦する!
領土分割が決まる!
秀吉がかなり譲歩した………

秀吉は大阪城を普請し、その力は信長を凌駕している!
信長の一周忌法要が行われる!!
ここに来て、信雄は危機を感じる………


第四章 徳川家康の屈服  小牧・長久手の戦い
信雄は重臣2名を粛清する!!
2人は秀吉に通じている???
秀吉VS信雄???
敵の敵は味方??
長宗我部元親は???
信雄は家康と結ぶ!!
どちらも味方にするために、不利なことは書かない!!
秀吉は上杉、木曽と結び、関東の諸将も味方につける!!
遠交近攻である!!
北条も動けない!!

初戦は家康有利である…………
秀吉は伊勢、和泉でも戦う!
雑賀衆に根来衆とも戦う!
どちらも戦後えらい目にあっている!

長久手の戦いで秀吉は負ける!!
池田恒興、元助、森長可らが死ぬ!
秀吉の負けである!
功名に逸った…………
今は従っているが、元は同僚が多い!!
局地戦だが負けは負けである!
秀吉は対応に追われる………
が、秀吉は逆襲に転じる!!
しかし滝川一益が敗れて没落する!!
信長あっての一益か???

景勝が信濃に進出する!
こう言う状況下で和睦の話が持ち上がる!
これは決裂する!!
家康側から人質を出す!
秀吉からは出さない???
が秀吉はこれを蹴る!!
対峙が続くが、双方和睦を模索している!
秀吉は信雄と和睦する!
信雄は長戦に耐えれない????
そう思えば、信長の本願寺攻めは日本では例外的な戦いか??
信雄に続き、家康も和睦する!
家康に対しては、秀吉も含むものがある???

状況は秀吉に有利である?
◆ 家康・信雄の毛利、長宗我部への協力依頼は、応じられていない!
◆ 佐々成政ぐらいか??
◆ 逆に秀吉は、上杉、関東の諸将を味方にしている!
◆ 毛利も味方である!
◆ 財力は秀吉が上である!!
◆ 信雄が耐えられない!!
◆ これ以上戦っても得るものが無い!
和睦がなったとはいえ、家康は臣従したわけではない!!

秀吉に逆らった武将たちは各個に撃破される!
◆ 佐々成政!
◆ 雑賀に根来衆!
◆ 長宗我部! 


第五章 関白就任と家康の従属
信雄が上洛する!!
秀吉は官位の斡旋を行う!
秀吉自身も、正二位・内大臣である! 高位高官である!

秀吉の討伐がある!
◆ 紀州征伐 根来寺、雑賀衆、太田城の水攻め!
◆ 長宗我部元親  圧倒的な戦力差があった!
◆ 佐々成政 

秀吉は関白になる!
秀吉が天下を意識する??
「関白相論」
朝廷の争いがある!
二条昭実VS近衛信輔!!
秀吉のために、近衛前久が秀吉を猶子にする!
秀吉を関白にして、その後を信輔に継がす…………
秀吉は朝廷を取り込む!!
官位を利用し、豊臣の姓を作る!!

家康は苦戦である!!
北条との和睦で、沼田を北条に渡せと真田に命令する!
真田昌幸は徳川に属している!
武田滅亡から、動き回っている!!
家康は真田が命令を聞かないので、第一次上田合戦になる!
鳥居元忠、大久保忠世、平岩親吉ら7000名で攻撃する!
真田の罠にはまる!! 舐めていたのか??
真田も手は打っている!
上杉を頼る!
一連の戦いで、真田は秀吉を頼る!
秀吉と家康の間に緊張が走る………

石川数正が出奔する!! 理由は??
◆ 秀吉に従うべきだと!
◆ 強硬派の中で孤立している!
◆ 信濃小笠原氏の指南をしていたが、秀吉に付いた!
◆ いずらくなって出奔する!!
石川数正の名前?
家康から康を貰い、康輝!
秀吉から吉を貰い、吉輝!
秀吉の配下を選ぶ!!

秀吉は家康討伐を決めるが………
天正の大地震が起こる!
帰雲城が消える!!
被害が大きい中で講和が進む………
信雄が家康の元に行く!!
もはや家康は勝てないと察する!!
味方は北条ぐらいである!
敗北は必至である!!

秀吉は朝日姫を家康の嫁がす!!
ここでひと悶着がある!
再戦にはならない!!
家康は上洛し、官位を貰う!
当然、秀吉より低い!
家康に従っていた、木曽、小笠原、真田を家康に戻すが、
真田は従わない!!
これが将来問題になる???
九州に東北以外は秀吉が支配する!!


第六章 豊臣政権の確立
九州の島津征伐である!
先に島津に申し渡す!!
◆ 大友吉統 豊後一国、肥後半国、豊前半国、筑後一国
◆ 毛利元就 肥前一国
◆ 秀吉直轄 筑前一国
◆ 島津   残り! 薩摩、大隅、日向、肥後半国、豊前半国
後から考えると条件は良い???
長宗我部も土佐一国になる! 
上手く行けば阿波も貰えていた?

筑前岩屋城の、高橋紹運がいる!
ここには行ったことがある!
島津は劣勢であるが、豊後に侵攻し、長宗我部を破る!

秀吉は本腰を入れる!
島津は浮き足立ち、本国に撤退する!
各地で負け、多くの武将を失う!
根白坂で負ける!!
島津は降伏する!!

秀吉は公家社会の頂点に立つ!
羽柴と豊臣の姓を与える!!
貰った方は名乗らなければならい??
偏諱を与える!
秀は身内、吉はその他、外様である!

大谷吉継
大友吉統
田中吉政

宇喜多秀家
織田秀信
蒲生秀行
小早川秀秋
小早川秀包
伊達秀宗
徳川秀忠
毛利秀元
毛利秀就
結城秀康

秀吉は官位も使う!!
小田原北条攻めである!
真田が絡んでいるが、うまく利用されている??
名胡桃城の引き渡しである!
が、秀吉は毛利、長宗我部、島津は取り潰していない!
北条に対しては厳しい!!
はなから潰す気である!!
それとも恩賞の地が欲しかったからか???
北条は降伏する!
次は奥州征伐である!!
天下は日本を意味する?
畿内ではない???

家康は江戸に移る!!
信雄は三河・遠江の転封を拒否して改易される!
もはや一戦する気もない??

信長の息子としては………

三法師、秀信は関ケ原で岐阜城で戦い負ける!
信長の子孫は近世にも生き残るが………

秀吉の天下取りは、天正十年六月 本能寺の変後から始まり、
天正十四年十二月の「豊臣」姓を下賜をもって実質的に完成した!
秀吉の意識は、発給文書の中にもみられるようだ!


おわりに
著者の意見である!
秀吉は明るく陽気な知恵者でなく、
周到な準備により相手を屈服させる!!
織田家、家康である!
朝廷も巻き込んで官位を利用する!!
信長の行動は、まだ良心的であると!!


主要参考文献

 

清須会議 秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?・渡邊大門

 

2021年9月 5日 (日)

本・関ケ原合戦全史 1582-1615 ② (2021/1)・渡邊大門

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第七章  関ヶ原合戦への道のり
第八章  関ヶ原合戦の開戦
第九章  東北の戦い
第十章  九州の戦い
第十一章 戦後処理と大名配置
第十二章 関ヶ原体制から徳川公儀の確立へ
おわりに
主要参考文献


第七章 関ヶ原合戦への道のり
進軍ルートである!
◆ 家康は東海道
◆ 秀忠が中山道
どちらが本軍なのか??
兵数より大名の質である!
どちらが本軍か??
これは家康が負けた場合のために
秀忠軍に徳川譜代の大名を付けた!

秀忠軍の方が本軍ではないかと?
そう言われている!!
その本軍が、真田に引っかかるのかと?

装備の面から考える!
「備」 戦闘単位!!
◆ 総大将の構える旗本備え
◆ 先備、先手備、中備、脇備、後備………
◆ 小荷駄隊

戦闘の手順!
① 鉄砲足軽の一斉射撃
② 槍部隊
③ 騎馬隊の突撃

両軍の違い??
秀忠軍は、信濃の大名も多い!
ではその役割は??
① 前軍、後軍の編成
② 役割が違う
③ 両軍は一体かつ不可分の関係になる
どちらが精鋭かの判断はしにくい!!
が個人的には、家康と秀忠の将の差がある!
豊臣の武断派を秀忠が使えるのか??
当然家康である!
だから秀忠の方に譜代が多い!!

この本では人質の話は出て来ない!
ガラシャの話もない!
まず伏見城攻防戦である!
鳥居元忠である! 奮戦する!
甲賀者の裏切りがあった!!
しかし圧倒的な兵力差で戦った!
死は覚悟しているが、攻める方も今一だった??
島津義弘が籠城への参加を申し出るが断られる!!
これは事実か??
この状況で、島津義弘ほどの武将が島津が参加しても勝てないことは分かるはず!
つまり後日の捏造か?? 最初から家康に付きたかったと!

〇 小早川秀秋の心中は??
① 上杉の反乱時、伏見城へ使者を送り家康に忠節を誓う!
② 兄、木下延俊の姫路城を譲り受けようとして拒否される
③ 家臣、稲葉正成、平岡頼勝は徳川方?
④ 稲葉正成の息子が家康に近習する
⑤ 三成からは、秀頼幼少時は天下を委任する
筑前、筑後、播磨に加えて、播磨一国を与える
⑥ 鳥居元忠に拒否される
⑦ 黒田長政らに使者を送っている
⑧ 心から西軍に服していない
去就に迷ったのは、秀秋だけでない!
伏見城に入場しようとしたが拒否される!
当たり前である! 城方にすれば、裏切られる心配がある!
ましてや攻防戦の最中に伏見城に入場出来るのか??

〇 脇坂安治・安元父子である!
播磨龍野である! 関ヶ原で裏切っている!
関ヶ原にも行っているが、大谷吉継の陣から小早川秀秋の陣が見える!
ここから攻め込まれたのか???
見えぬ目で見た!!
脇坂安治については、司馬遼太郎がよく分かる!
司馬遼太郎 貂の皮「新潮文庫・馬上少年過ぐに収録」
命をかけて出世した??

〇 阿波・蜂須賀家政は家康に付きたい!
阿波は一時毛利に占領される!

〇 丹後田辺城 細川幽斎
ここも真剣に攻撃したのか??
東軍に付きたかった武将もいる???

〇 毛利の伊予侵攻
関ヶ原の合戦後、撤退!

〇 伊勢 安濃津城の戦い
ここには九鬼家がいる! 吉川広家が攻める!

〇 北陸 前田利長
前田利長も兵数の割には今一か??
大谷吉継が活躍する!

〇 岐阜城 織田秀信
家康が江戸から出て来ない!
戦えば出動する! そう言われて福島正則は喜ぶ!
岐阜城攻めでは、池田輝政と先陣争いをする!
落城する!

〇 大津城 京極高次
関ケ原の合戦の勝利の一日前に降伏する!
しかしそこまで兵を引きつけたことを評価される!!

家康も三成も書状を出している!
いつも思うが、誰が運ぶのか??
見つかったらどうするのか???


第八章 関ヶ原合戦の開戦
家康は岐阜城落城を受けて
9月1日  江戸出発
9月14日 大垣到着
家康到着で東軍は士気が上がる!
秀忠の軍を待たずに開戦する!
それほど重要視されていなかった??

杭瀬川で島左近が小競り合いをする!
家康の選択は??
① 大垣城での決戦
② 西上して輝元との決戦

がここで家康、輝元の和睦がある??
毛利秀元に安国寺恵瓊は知らない!
井伊直政と本多忠勝、吉川広家である!
家康は関ヶ原に向かう………
関ヶ原は、関ケ原町と垂井町にまたがっている!
熱意が違った! ほとんど遺跡は関ケ原町にある!
しかし桃配山もそんなに人数が配置出来るのかと?
両軍15万である!!
こう言う場合、まず糞尿の心配をする!
そこら中に転がっていたのか??
石田三成は島清興に蒲生頼郷である!
地図が添付されているが、そこには蒲生郷舎とある!
ここらあたりはややこしい!

何故関ヶ原で戦ったのか??
境い目????
日本の中央だからか??
関ケ原の合戦が始まる!

〇 井伊直政と松平忠吉の抜け駆け
この章長い!!
戦法は名誉だと!
福島正則は譲らないと!
松平忠吉はそれまで登場しない??
関ヶ原で急に出てきた! それも抜け駆けで………
知っている話では、秀忠の代理だと????

しかし危険を冒してまで抜け駆けするのかと??
戦死の可能性も高い??
現に井伊直政は負傷している!!

著者の考えは?
井伊直政は先鋒を正則に譲って欲しいと要請した!
要は、抜け駆けは無かったと!!
妥当な考えであると思う!

〇 福島軍と宇喜多軍の死闘
弱体化したと言え戦意は高いと信じたい???
福島正則は切り崩されている???
乱戦だったようだが…………
しかし明石全登が活躍する!!

〇 小早川秀秋
宇喜多秀家の善戦も、秀秋の裏切りで崩壊する!
態度が不明なので、家康が鉄砲を撃たせた??
双方から良い条件を出されている!
ここでも黒田長政が調略している!
浅野幸長も説得する!!
と言っても会えるわけではない???
使者が行き交うが、バレるのではないかと思うが………
三成には、どうも戦力として期待されていなかった?
迷っていたが、問鉄砲は無かったようだ!!

〇 寝返った諸将
待遇が分かれる!
ここでは秀秋、脇坂安治、小川祐忠・祐滋親子を例に出している!
小川祐忠・祐滋親子は所領没収!
同じ裏切りでも評価が違う??

〇 黒田長政の奮戦
確かに奮戦している!!

〇 島左近の最期と西軍壊滅
鬼神のごときの戦いである!
が黒田隊の鉄砲により負傷する!
秀秋の裏切りで西軍は壊滅する…………
西軍で戦った諸将は落ち延びる………
秀家、小西行長、三成………
小西行長は記録が無いようだ…………
大谷吉継は腹を切っている!! 潔い!!!
長宗我部、長束、安国寺恵瓊は逃げる!!

毛利は輝元がすでに屈している!
それなのに、阿波や伊予に出兵して支配領域を拡大しようとした!
秀元の援軍要請にも応えていない!
秀元は戦う気があった!
が吉川広家がそうはさせなかった???
秀元は現実に関ヶ原を見ている!
この時、毛利が参戦しておればと言う気持ちがある!!
後に吉川広家に対してはきつかったようだが………


第九章 東北の戦い
政宗は上方より上杉討伐を優先させたい!
家康に出陣を願う!
すでに上杉を攻撃している!
政宗は引くに引けない???

〇 上杉は越後の一揆に侵攻がある!
まず越後に残っている旧臣に一揆を起こさせる!!
が失敗に終わる! 越後侵攻も頓挫する!
状況確認のための捨て石??

〇 小山評定後、江戸に引き上げる家康に対して追撃を主張した!
これも兼続に責任を押し付けるためではないかと?

〇 政宗の動向??
兼続は政宗を警戒している!!
「百万石のお墨付き」
家康も人が悪い! 守るつもりのない手形か??

これも「司馬遼太郎・関ヶ原」だが、
毛利家が東軍についても所領は安堵されないと!
恩賞として与える土地は取り潰さなければならない!
三成は計数に明るいのですぐに分かる!
政宗の百万石も与えられないはず?
なのにみんな信じたいことを信じる!!

〇 上杉の作戦は??
四方敵である!
佐竹善宜は味方か??
兼続の最上領への侵攻が始まる………
この攻めも、少し熱が入っていなかった???
政宗に救援を依頼する!
兼続は長谷堂城を攻撃するが落とせない!
兵力を温存したのか???
関ヶ原の結果が届いたのはいつか??
9月29日と言う…………
兼続は最上領から撤退する!!


第十章 九州の戦い
「滝口康彦・西の関ヶ原」は面白かった!
ちょっと悲しい感じもしたが………
九州は西が多い!!
東は黒田官兵衛と加藤清正??
杵築城主、松井康之もである!
他は西が多い!!
大友家再興をかけて大友吉統が兵を挙げる!
大友吉統は輝元の命を受けて豊後に入部する!
豊後を力で奪回しようとしたのではない!

黒田官兵衛はこれをチャンスと見て、家康に切り取り次第との約束を貰う!
兵は有名な銭で集めた………
清正とは強固な協力関係にある!
官兵衛は大友吉統を引き入れようとする!
大友吉統は旧臣らが集まってくる!
五,六千人の兵だと!!

杵築城は重要である!
官兵衛は大友吉統を捕らえる!
大友氏は諸説があるが滅亡する!!

官兵衛の策は??
① 小倉城を落とし、広島を狙う
② 備前を長政に与えて、官兵衛は別家を立てる
③ 清正と勝ち取った領土は自分のものにしたい!
二人は九州制圧を目論んだ!
それは薩摩を除いて成功する!!

立花宗茂が帰国しているが、降伏させる!
鍋島勝茂は裏切っている!

家康の薩摩侵攻作戦! 
毛利輝元に攻撃させる?
が、薩摩のなりふり構わない弁明がある!
黒田長政も仲裁する!!
薩摩攻撃は中止になるが、清正が抗議する!
結局は切り取り次第は認められないようだ!
政宗と同様か………


第十一章 戦後処理と大名配置
まずは、薩摩の関ヶ原からの脱出である!
その後、領地の配分が決まる!

① 毛利輝元は周防・長門の二カ国
② 安芸・備後は福島正則に
③ 細川忠興は30万石相当を豊前に
④ 山内一豊は土佐を
⑤ 島津はまもなく解決する
⑥ 東国も兼続が使者を出したので解決する
⑦ 前田利長には加賀一国を
「領地宛行状」は政治的理由で出されていない?

勝者の加増は?
① 結城秀康  越前75万石
② 松平忠吉  尾張52万石
③ 蒲生秀行  会津60万石
④ 池田輝政  播磨52万石
⑤ 前田利長  加賀129.5万石
⑥ 黒田長政  筑前52.3万石
⑦ 加藤清正  肥後51.5万石

加増に関しては確認している!
福島正則は過分であると!
黒田長政は四国2カ国と筑前かを選んだ!
外様大名は西国へ追いやられる!
それに対して一門、譜代は大幅な加増になる!!
この中で豊臣は摂河泉の一大名になった??
がまだ全国に飛び地はあったようだ!

伊達政宗の書状によれば、秀頼を立てて挙兵する者がいるかもしれない!
秀頼は家康が養育すべきだと!
まだ秀頼には威光があった???

西軍の武将は??
◆ 石田三成  捕らえられた説は諸説ある
◆ 安国寺恵瓊 逃亡生活の上捕まる
◆ 小西行長  キリシタンで自害せず
この3人はスケープゴードにされる!

◆ 毛利輝元  大幅な減封!
黒田親子が救おうとする!
が輝元の背信行為を責められる!
グレーゾーンでたいがいの人間にはあるが………
領地没収で広家に1.2国与える???
これの不満を唱えると毛利家が取り潰される!
結局、長門・周防の2カ国を与えると!
責任は全て安国寺恵瓊に押し付ける?

◆ 伊達政宗 
「百万石のお墨付き」は反故にされる!
やり過ぎではないか??
家康の方が一枚上だった!!

◆ 上杉景勝と直江兼続は??
1/3の知行になる………
ここも兼続に責任は押し付けられる??
堺屋太一言う、減らしたとは言え、家は残った!
毛利と同じく、成功ではないかと!

◆ 宇喜多秀家
薩摩に逃れる!
秀家は首謀者ではない!
殺すまでもなかった??
いずれ復帰できると思った!
薩摩はかばう! 島津と家康が和睦する!
結局許されて、八丈島に流される………
経済的には苦しかったようだ!
かっての旧臣たちが援助したようだ!
福島正則の家臣がたまたま流れ着いて酒を渡した話は出ていない?
敗者でありながら誰よりも長く生きた!!
この男だけが、養父の期待に応えたと!!

第十二章 関ヶ原体制から徳川公儀の確立へ
関ヶ原後、家康は征夷大将軍になる!
それでも秀頼と家康の双方に訪問していた!
が家康が秀頼を訪問しなくなる!
2年後、秀忠に将軍職を譲る!!
以降、忖度が始まる!
秀頼の訪問が少なくなる!
でも家康はそれなりの配慮を見せていた!

家康の政策??
◆ 鉱山の直轄化  大久保長安?
◆ 都市部への奉行配置 
◆ 京都所司代の設置 外様大名の監視
◆ 諸大名と姻戚を結ぶ
◆ 秀頼の関白就任を妨害する???
◆ 武家官位の推薦県の独占
◆ 御前帳と国絵図の徴収 城もか? 丸裸になる!
◆ 江戸城の天下普請 秀頼も協力する?
◆ 駿府城の普請
◆ 「五百石夫」 五百石で一人の人夫を出す
◆ 秀頼は外されるが………
◆ 改易と大名配置 対秀頼対策
伊賀 筒井貞次の改易と藤堂高虎の入封
丹波 前田茂勝の改易と松平康重の入封
10万石以下の家康派の大名を配置している!
◆ 後陽成天皇の譲位!
家康が上洛し秀頼と会見する!
二条城である!
加藤清正、浅野幸長、福島正則らが説得する!
◆ 三ヶ条の法令の誓約
徳川幕府を意識させる!
しかし秀頼は署名していない!
◆ 二重公儀体制??
たしか信長と義昭もそう言われていた??

家康は豊臣政権を温存しながら徐々にその権限を吸収した!
豊臣家の影響力は小さくなる!!
家康の遠謀が実った???

最後に「司馬遼太郎・関ヶ原」である!
最後に京に来た黒田官兵衛が言う!
あの男は成功した!!
秀吉亡き後、
三成ほどの寵臣が家康に走ったらどうなっていたか?

世の中の秩序が無くなる????
個人的には、三成の笹尾山の陣で関ヶ原を見た!
無念だっただろう……… 大谷吉継もである!!


おわりに
諸説、珍説は省いたと!
良質な一次資料を参考にしたと!


主要参考文献

 

関ケ原合戦全史 1582-1615 ② ・渡邊大門

 

2021年9月 4日 (土)

本・関ケ原合戦全史 1582-1615 ①(2021/1)・渡邊大門

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●「家康を筆頭とする五大老は、石田三成ら五奉行より上位」は誤り
●直江兼続が家康方に宛てた「直江状」は、完全なる偽文書か
●「小山評定はあったのか、なかったのか」を詳細に検討する
●関ヶ原開戦時の、井伊直政と松平忠吉の「抜け駆け」の真相
●西軍に与した小早川秀秋の心は、以前から家康に向いていた
●九州を席巻した黒田如水の驚嘆すべき「広島制圧プラン」
●東軍勝利は、豊臣家没落を意味したわけではなかった


関ヶ原合戦(1600年)はわずか半日で終結した戦いだが、この戦の遠因は、
本能寺の変(1582年)を経て秀吉時代になって以降の、
独裁体制のひずみと諸将間の確執、各大名家の家中問題にあった!
本書では、秀吉の晩年から、五大老五奉行による政権運営時代、
会津征討、関ヶ原本戦、東北・九州の戦い、家康による戦後処理、
豊臣家滅亡による「関ヶ原体制」の終焉(1615年)までの実態を、
良質な一次史料と最新研究を用いて解明!

後世の編纂物などの二次史料に影響されがちな関ヶ原合戦史を訂正し、
今語りうる史実の全体像をつまびらかにする!


秀吉の晩年・没後の政治状況
七将による石田三成への襲撃
諸大名が抱える家中問題/動揺する上杉氏
「直江状」の真偽をめぐって
家康の会津征討
関ヶ原合戦への道のり
関ヶ原合戦の開戦
東北の戦い/九州の戦い
戦後処理と大名配置
関ヶ原体制から徳川公儀の確立へ



はじめに
第一章 秀吉の晩年・没後の政治状況
第二章 七将による石田三成への襲撃
第三章 諸大名が抱える家中問題
第四章 動揺する上杉氏
第五章 「直江状」の真偽をめぐって
第六章 家康の会津征討


第七章 関ヶ原合戦への道のり
第八章 関ヶ原合戦の開戦
第九章 東北の戦い
第十章 九州の戦い
第十一章 戦後処理と大名配置
第十二章 関ヶ原体制から徳川公儀の確立へ
おわりに
主要参考文献


はじめに
学生時代に図書館で「司馬遼太郎・関ヶ原」を読んだ!!
感動ものだった!!
40年以上前だった………
テレビドラマ化されたが、このキャストは良かった!
石田三成  加藤剛 
島左近   三船敏郎
本多正信  三国廉太郎
福島正則  丹波哲郎
豊臣秀吉  宇野重吉
前田利家  辰巳柳太郎
鳥居元忠  芦田伸介
皆亡くなっているが………

本に、ドラマに影響を受けている!
時代が進むにつれて、この時の常識が無残にも崩れていった………
しかし、人物描写は群を抜いている!
司馬遼太郎の影響が大きかったのは、藤堂高虎!!
この本ではあまり出て来ないが………
その常識が崩れていくが、人物描写は生きている!
著者らによって、こう言う状況だったと理解はしているが、寂しい!!
◆ 直江状の真偽
◆ 七将による三成襲撃
◆ 小山評定
◆ 忠吉と直政の抜け駆け
状況を再確認する!!


第一章 秀吉の晩年・没後の政治状況
これも司馬遼太郎である!「豊臣家の人々」
養子に取り立てた中で、養父の期待の応えたのは、宇喜多秀家のみと!
秀長、秀次、秀勝、秀康、秀秋…………
南條範夫が言う、家康の子供は性格が分かれる!
信康型と秀忠型??
10人近くいれば出来不出来もある!
秀吉は負けている!!

秀吉の遺言
① 五大老は互いに姻戚関係を結び、遺言を守る
② 家康は3年間在京する
③ 五奉行の3人伏見に置き、家康の監視をする
④ 2人は大阪城
⑤ 武家衆の妻子も大阪に住む

豊臣家の政治体制!!
◆ 五大老
◆ 五奉行
◆ 三中老
この大老と奉行の関係は??
大老は江戸時代のイメージである!
大老と奉行では、奉行の方が低い!
実際は、実際は逆のようだ!
石田三成は「五大老」を「奉行」と呼び、
自分たちを「年寄り」と呼んだ!

五大老連署による「五つの掟」
① 諸大名の許可のない婚姻を禁ずる
② 諸大名の製紙の交換を禁止する
③ 喧嘩口論は我慢した方に理がある
④ 双方が無実を言えば究明する
⑤ 乗り物に乗れる人間は限定される

五大老の職務
① 朝鮮からの撤兵
② 内乱の対応
③ 諸大名に領地を与える

五奉行の職務
主要都市の支配 京都・大阪・堺・長崎
秀吉亡き後、家康の家康派の婚姻が違反になる!
これに最終的には家康は屈する………
人間が集まれば派閥が出来る!
◆ 毛利輝元と4奉行、石田三成、長束正家、増田長盛、前田玄以
◆ 前田利家、浅野長政、宇喜多秀家
◆ 婚姻では家康支持派も多い! 

五奉行の方が力があった???
三中老は??? これこそあったのかどうか??
それなりの武将だが、七将ほどの実力はないと思うが………


第二章 七将による石田三成への襲撃
七将は??
加藤清正、福島正則、黒田長政、浅野幸長、細川忠興までは一緒である!
残り2名である!
藤堂高虎、蜂須賀家政が有力視されている!
加藤嘉明、池田輝政と思っていたが………
脇坂安治は?????

ここでのメインは、七将の三成襲撃である!
やはり司馬遼太郎・関ヶ原が劇的である!
小説では、飛び込んできた三成をどうするのか??
井伊直政が殺せと言い、本多正信が止める!!
そんな場面はなかったようだが………
ではどう言う場面があったのか???
前田利家が亡くなる!
いわゆる七将と三成の朝鮮の役における対立である!!
加藤清正と小西行長である!
同じく、黒田長政と蜂須賀家政の恨み??
この時の目付は三成の身内である!
ここから七将の三成襲撃になった!
三成は伏見の自分の屋敷に立て籠もった??
増田長盛に、長束正家も同じである!
この時、家康は仲裁した?
これを黒田長政らが受け入れて、三成は佐和山へ退き引退した!

当時の七将は??
◆ 藤堂高虎は大阪に
◆ 福島正則に細川忠興は積極的ではない
となると、積極的なのは、加藤清正に黒田長政と蜂須賀家政か?
これにより、三成と輝元の間にひびが入る??
三成と家康の間も敵対はしていない??
三成襲撃は、家康派と三成・輝元派の対立か?
が、家康が政権中枢に躍り出た!!
家康が家康与党を形成する!
書状、起請文が残っている!
島津、伊達、細川忠興………

黒田官兵衛、長政と吉川広家は良好以上の関係である!
① 公私とも問題が起これば相談すること
② 話は一切口外しない
③ 裏切らない
では何故この文章が漏れているのか??
広家と浅野長政は殿中で殴り合いの喧嘩をした?
これも家康が仲裁したようだ!!


第三章 諸大名が抱える家中問題
家臣団の統制!
◆ 国衆型家臣 小さいながらも一種の独立した勢力 
◆ 家中型家臣 昔から仕えている官僚型
毛利、島津、宇喜多家を例に挙げる!
国衆型家臣が問題である!
力あるので統制しにくい!
信玄や謙信でも逆らわれている!

〇 毛利は両川がある!
吉川に小早川である!
鎌倉時代の大江広元である!
小さな国人に過ぎず、大きくはない!
絶対的権力を持っていたわけではない!
立ててやってやるんだと!

元就は吉川、小早川に養子を送り込む!!
吉川元春の小早川隆景である!!
備中高松から撤退時、秀吉追撃を主張したのは元春で、
止めたのが小早川隆景と言う!
元春は勇猛である!
が、九州で元春、元長と亡くなり、三男広家が家督を継ぐ!

小早川隆景は実子が無く、秀秋を養子に迎える!
黒田官兵衛の策謀があったと言うような話は当然出て来ない!
輝元も実子がいなくて、元就の四男の子を養子に迎える!
毛利秀元である! が実子が出来て反故になる!
別に領土が与えられる? 秀吉の死で反故にされる!
秀元が輝元に起請所を出す!
① 秀吉の命があっても元就に従う
② 輝元から伺ったことは他言しない
③ 後継者、秀就には忠誠を尽くす
結局輝元は、後継者問題を有利に運ぶために五奉行に接近する!
毛利の体制は崩れる??
吉川広家と、安国寺恵瓊の体制になる???

黒田家官兵衛と長政は広家と昵懇んである!
浅野長政と吉川広家が対立した?
司馬遼太郎によれば殿中で殴り合いの喧嘩をした!
これを黒田親子が仲裁し急速に近づく?

毛利輝元で知っている話は事実か??
◆ 季節外れの桃を秀吉に献上するが、
三成が体調不良でも起こしたどうなのかと取り上げなかった!
◆ 家臣の刀を三成が欲しがった! 
それを直ぐに三成に渡すようにと!
秀次も見ているので欲しいと言われたら困る! 三成は大事な人だと!

堺屋太一が紹介しているが、輝元の立場が分かる感じがする!

〇 島津家である!! 名門である!!
島津も盤石ではない!
九州は3強か????
竜造寺、大友、島津!!
竜造寺が没落し、大友、島津の2強になる!
島津は大隅の肝付氏を滅ぼしている!
権力構造も盤石ではない!
大友は秀吉に救援を依頼する!
島津は秀吉に服従せずに戦うが負ける!
局地戦では勝っているが………
日向耳川で大破し、秀吉に臣従する!
これで薩摩、大隅、日向の一部に押し込められる!
4人兄弟で、歳久が梅北国兼の無謀な乱の責任を取らされる!?
家久も病死する??
結局残った義久と義弘の兄弟が対立している!
これは「山内昌之・嫉妬の世界史」が詳しい!
兄弟の対立である!

「庄内の乱」 伊集院幸侃(忠棟)が誅される!
秀吉に気いられて発言権を増す!
後継者にも口を出す!
これに対して、息子忠真が迷いながらも徹底抗戦の道を選ぶ!
12の支城に守られた都城に8,000の兵で立て籠もった!
8,000と言えば大きい! 
20万国で6,000と理解している!

これだけ長期に兵糧を確保できるのか??
加藤清正らの支援を当てにしている!
家康はこの討伐を認めた!
義弘は長期化で家康の介入を恐れ和睦する!
当然ながら、伊集院一族は、後日滅ぼされる??
家中が弱体化したまま関ヶ原に突入する!!

〇 宇喜多秀家である!!
宇喜多秀家は貴公子と言われる!
お坊ちゃまである!
宇喜多直家が悪の代名詞みたいに言われる!
この宇喜多騒動については一次史料がない??
二次史料から読み解く!
国衆型家臣と家中型家臣の対立である!
力のある国衆が多い!!

が、宇喜多家を運営するには能力のある家臣が必要である!

前田家にいた中村次郎兵衛が担当するが、討たれる!
死亡したとされているが実際は生きていたようだ1
この衝撃者の名前が分からない!
事件後70名が去る………
研究によりある程度分かって来ている!
宇喜多一族らに重臣で合計10万国に及ぶ!
ひとりは大阪の陣で千姫を救い出すお騒がせ男である!
宇喜多詮家???
キリスト教???
検地による苛酷な年貢の取り立てがあるとされる!
はっきり書かれていないが、明らかに家康の宇喜多家弱体の陰謀である!
国衆型家臣がまだ多い!
これを家中型家臣に変革しようとして対立した!
これを家康が利用したのか??
宇喜多家を出た家臣は家康に保護されている??
もともと秀家は秀吉に権力を支えられた!
家中に親家康派がいても不思議ではない!
その対立があった!
じっさいは家康の介入を許し弱体化した??
が、不満分子がいなくなり強化された????
実際関ヶ原の初戦では、明石全登により福島正則は切り崩されている!
よくある疑問に宇喜多秀家は精鋭だったのか???
無理がありそうであるが、関ヶ原では善戦以上であったと!!


第四章 動揺する上杉氏
上杉謙信も家臣の離反には苦労している!
一時は家督をほりだして高野山に出家しようとした??
東北の抑えで会津に転封になる!!
越後90万石から会津120万石である!!
直江兼続が国替えを主導する!
この時に、旧越後領から年貢米を持ち去った??
これが越後に来た堀家と揉める元になる!
この本では出て来ないが、先に蒲生家が会津の年貢米を持ち去ったと!
文句があるなら蒲生家に言えと!!

秀吉亡き後景勝は帰国する!
それは認められている!
がこの時に家康暗殺のウワサが流れる………
前田利長である! 嘘くさいが………
これを家康は利用する!
前田家攻撃を命じる!!
が、前田家は屈服する!!
家康は大阪城に入る!

景勝は領国整備に乗り出している
新城、神指城を作り、支城で固める!
これが戦準備と見られる!
重臣、藤田信吉が家康の元に走る!!
同様に栗田刑部もである!
栗田刑部は討たれたと言うが、生き残ったようだ!
歴史からは消えているが………
藤田信吉は上杉の中での自分の位置に不満を覚えた!
ジリ損か???
越後の堀氏は反上杉か??
越後の年貢米を取られて、百姓も会津に行く!
百姓は動くことは禁止だが、曖昧な立場の武士がいる!
これらは会津にも行く!
従って、耕作されない土地も多い!
相当苦しかったようだ!
これが讒言になる!!
① 名のある牢人を集めている
② 8万の人夫を動員して、神指城を築城している
③ 道や橋を整備している
④ 馬、弓矢、鉄砲をそろえている
時期的には説があるようだ………

景勝は家康を敵対視していた!
腹心の西笑承兌から直江兼続に書状を出す!!
西笑承兌は兼続と親しい!
零社之起請文を出せとある!
考えとして、天下を狙うより、豊臣政権の枠組みを尊重していたと!!


第五章 「直江状」の真偽をめぐって
直江状は写ししか残っていない!
本書はない! だから真偽が問題になる!
それほど重要なものなのだと?
「藤沢周平・密謀」
この中に、兼続が返事を書く時、硯とたっぷりの水を用意せよと!
文面が紹介されているが、そりゃいるだろう…………
写すだけでも大変である!!

長い文章である!!
そりゃ硯もたっぷり必要だろう………
追而書(追伸)が問題である!
これは後世に書かれたものだと!!

検証がある!
◆ 書状の形式、様、殿、公儀、上意
◆ 用紙、筆跡
◆ 字句や文言
◆ 発信日時

この内容については議論が多い!
◆ 否定的意見が多い! 偽物だと!!
◆ 肯定的意見は留保が多い!
内容は正しいのではないか?
写すときに間違いはある??
あってはならないが、省いたりする?

直江状は挑戦状ではなく、上杉の立場を説明している!
しかし文章に不自然な文言がある!!
研究者も苦労が多い!!

景勝は上洛しようとしていた??
が、堀家の讒言を信じた奉行に早急の上洛を求められ、
その日時をめぐって要望が認められずに、家康と戦う決意をする!

写された直江状の原本はあるのか???
どうもなさそうである!
創作ものだと!
景勝が上洛を拒否したので、討伐を決意したと!
直江状は原本があり改ざんされた???
でもなさそうである!!

「司馬遼太郎・関ヶ原」
天下の庶民には期待がある!
前田利長は屈服する!
が義に生きた謙信以来の家風がある!
上杉主従は違うだろうと!!
その期待を背負っている!!
逆に前田家のように屈服すれば、家が持たない!
その為には、一戦も覚悟していた!
家臣もそれを望む!!

そう言う空気があった???
しかし直江家は断絶している!
上杉の減封の責任はやはり景勝にある!
しかしその責任は兼続に押し付けた!
その為に責任を押し付けるものが必要になる!!
それが直江状か????
それが後世に残される…………
夢が無くなる!!


第六章 家康の会津征討
三成と兼続の事前盟約あったか??
小説ではあったとされる!
一緒のハイライトである!
が、結論を言うと無かった………
そう言う空気はあったかの知れないが………

三成は真田昌幸を頼りに、上杉に接触する!
それだけでも事前の連絡は無かったと!!

三中老が会津出兵を諫める!!
この書類が三中老の唯一の書類と言う!
結論を言うと信じられない!!
たしかに五奉行と五大老の間を取り持つには力不足である!
この重要な時期にしか出て来ない????

6月には会津討伐を決意している!!
攻め口がある!
◆ 白河口  家康・秀忠
◆ 信夫口  政宗
◆ 米沢口  最上義光
◆ 津川口  前田利長
◆ 仙道口  佐竹善宜

伏見から江戸、小山へ行く!!
そこで三成挙兵を聞く!

この時に、「二大老、四奉行」体制が始まる!
輝元、秀家の二大老!
三成、長盛、正家、玄以の四奉行!

当初は、輝元に三奉行は三成、吉継に同調せずと!!
家康はこれで安心する!
が、実際は輝元はやる気満々だった!!!

問題の小山評定になる!
主なものは二つ!!
◆ 福島正則の味方するとの発言
◆ 山内一豊に城を家康に提供する
黒田長政が正則を説得する!!
書状の日時から判断する!!

著者の判断である!
家康は自分に近い武将を上杉討伐に連れて行っている!
きちんと状況を説明して、三成討伐を決めた!
そんなみんなを集めての会談は無かった???

「西軍」「東軍」 便宜上そう言うが当時はそう呼んでいない!
ではどう呼ぶのか??
◆ 石田三成・毛利輝元連合軍
◆ 徳川家康主導軍
もはやそう言っても無理がある??

では何故関ヶ原は起こったのか???
家康には政権奪取、天下取りの野望は無く、
豊臣家の中での発言権を高めることにあると!
しかし宇喜多騒動、薩摩の「庄内の乱」で大名は危機感を持つ!
内政干渉されると!!
反徳川の機運が高まる???

 

関ケ原合戦全史 1582-1615 ①・渡邊大門

 

2021年9月 1日 (水)

本・日本を創った12人 ①(2006/2)・堺屋太一

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「日本の独自性」とはいったい何か。
それは、いつ、誰によって、いかにして創り上げられたものなのか。
本書では、聖徳太子から近現代まで、いまなお今日の日本に強い影響力を残している、
歴史上の象徴的な「人物」12人をとおして、長い日本の歴史を見直し、
大変革期を迎えている現在の日本の舵取りのヒントを求めた歴史評論である。
新書版の前編・後編を合本した「堺屋日本史」、待望の文庫化。


著者の解説は信頼出来る! 著者のファンである!
前編・後編を合本しているが、紹介は①、②である!
内容は下記の通りである!!
戦国時代から3人!
戦後から3人である!!



はじめに  今こそ歴史を
第1章 聖徳太子   「神・仏・儒習合思想」の発案
第2章 光源氏    「上品な政治家」の原型
第3章 源頼朝    「二重権限構造」の発明
第4章 織田信長   「否定された日本史」の英雄
第5章 石田三成   「日本型プロジェクト」の創造
第6章 徳川家康   「成長志向気質」の変革


第7章 石田梅岩   「勤勉と倹約」の庶民哲学
第8章 大久保利通  「官僚制度」の創建
第9章 渋沢栄一   「日本的資本主義」の創始
第10章 マッカーサー 日本を「理想のアメリカ」にする試行
第11章 池田勇人   経済大国の実現
第12章 松下幸之助  日本式経営と哲学の創出
おわりに


はじめに  今こそ歴史を
日本の風土と人物がある!
① アジア・モンスーン地帯に属し、温暖、湿潤である!
米に適している! 遊牧・牧畜に向かない!
② 狭くない海に隔たれている!
③ 4つの島はまとまりがよい!!
司馬遼太郎言う! 風土など当てにならない!
人を理解するのに、その風土的概念を当てはめるほど滑稽なことはない!
この12人が日本に何を与え、今後に何を残し影響を与えるのか???


第1章 聖徳太子 「神・仏・儒習合思想」の発案
「神・仏・需習合思想」の発案者兼実践者である!
「始代」 紀元前後に王朝があった???
     神への祈りが重要視されている??
「古代」 土地改良が進んだ農業革命以降??
卑弥呼の時代は、「始代」である!
6世紀ごろに大和朝廷が確立する!
聖徳太子が生まれた頃になる!!
朝鮮半島は高句麗、新羅、百済の時代で、日本とは交流がある??
帰化人が中国の文化、技術、仏教を持ち込む?
538年仏教が入ってくる!! それ以前に入ってきている!!
廃仏派は物部氏、崇仏派の曽我氏が争う!!
この戦いに聖徳太子は蘇我氏側に立って参戦している!
蘇我氏は、崇峻天皇を擁立し、暗殺する!!
仏教をどうするか? 天皇自身仏教徒になってよいのか??
太子自身仏教徒である!
太子の歴史的業績は??
① 仏教の研究と普及!
② 「17条の憲法」などの国家制度を定める!
③ 遣隋使の派遣などの外交!
④ 斑鳩の里を開発する!

熱心な仏教の研究者、信者で、布教している!
でありながら、日本古来の神を否定しなかった!
「神・仏・需習合思想」である!!
日本は物部氏VS蘇我氏の戦いがあったが、それ以外宗教戦争はなかった!
信長も宗教戦争ではない!
ここからは著者の持論である!
日本は「ええとこどり」できる!
それがいいのかどうか分からないが………
クリスマスを祝えば、座禅も組み、神輿も担ぐ!!
アジア・アフリカで近代技術を取り入れれた理由である!!

職縁社会、会社人間!!
地縁社会、血縁社会が崩れる!

聖徳太子が残した「ええとこどり」の発想が、
日本人に最大の影響を与えたと!!


第2章 光源氏 「上品な政治家」の原型
日本の神話? 記紀は事実なのか??
歴史的事件の記述ではないが、思想上の構成ととして見るのにふさわしい!

「映画・千年の恋 ひかる源氏物語」
光源氏は天海祐希が演じた! 何気なく見たがこれは良いキャスティングだったと思う!
光源氏は架空の人物である!
架空の桐壷天皇の第二皇子である!
臣籍降下で源氏姓になる??? 源光か???
父親の寵姫との間に付議の子供が出来る!
平安貴族の生活がある!!
第一部 准太上天皇に達する
第二部 老境の時代
第三部 息子の薫の君が登場する

当然のことながら宮中では争いがある!
須磨・明石に追放される!
この時代を、反逆もせずに乗り切る!
要は何もしていない!!
何もしない政治家である!!
世は平和ではない!!
平将門、藤原純友の乱がある!!
小説には関係ないか??

平安時代の貴族の生活がある!
「何もしなかった政治家と言う」
一見上品で人柄はよさそうであるが、やる気もなく、知識も関心もない!
そうなれば近衛である??  細川もか??
太平洋戦争に責任がありながら、終戦時ソ連に行って交渉しようとした?
光源氏に代表される、平安貴族の典型か??

海外の指導者は自分で決める!
日本は細かいことを言うのは大物ではない!
何となくみんなで決めたと!!
空気が決める!!!
光源氏のサロンは、そのようなものなのか?

1994年の日本の民間の交際費は5兆4087億円!
アメリカの3倍、ドイツの6倍と言う!
旅費交通費も多い!

意思決定しない高貴にして高位な人、
いわば無能で上品な人伝統は平安貴族、光源氏に始まる!!

ジャングルに残された貴族は??
日本の場合生き残れない???
イギリスやフランス、ドイツは生き残る!
日本的上品さとジェントルマンは欧米とは違う!
知識のある人間を尊敬するのは中国にフランス!
日本の「人柄満点、能力零点」の「上品」な人々がトップになることが多い!
「和を以て貴しとなす」
今後の国際化では、光源氏型は考えなければならないと!!!


第3章 源頼朝 「二重権限構造」の発明
源頼朝は清和天皇の子孫と言う!
臣籍降下である!!
昔は桓武平氏、清和源氏と教えられた!
が実際は平氏は桓武天皇だが、源氏は20に以上の天皇から臣籍降下されている!
天皇家が源流、源と言う意味のようだ!
平氏と言うのは平安京遷都の中でその時だけ与えられたと!!
平氏は4人の天皇から出ているが、その時は平も源も与えられて、桓武平氏しかのこっていない!
その清和源氏も、元平親王を祖とする陽成源氏であるが陽成天皇は暴君であるとの評判を嫌って
一代前の清和天皇に祖を求めたとする説がある!
別に源氏の棟梁とは言えないが、実力でもぎ取った!
源氏も子供が多いが、同族で殺し合いをやっている!
鎌倉幕府も三代で滅んだのも同族の殺し合いである!

奈良時代  二官八省 
二官 宗教官と政治を行う総理大臣?
八省 役所
平安時代は荘園制が出来て、武士が台頭する!!
用心棒兼番頭です!!
平家全盛が10年間続き、飢饉が発生している!
全国で反乱が起こる??
頼朝も兵を挙げる!!
しかし戦ったのは木曽義仲である!!
頼朝は鎌倉にいる?? 苦労はある!!
征夷大将軍になる!!
東には蝦夷、西には熊襲!
これを帰順させる!
東は征夷大将軍であり、西は鎮西大将軍である!!
征夷大将軍は東部軍総司令官である! 臨時の軍政官である!
その征夷大将軍の役職をもって武士を支配する!
建前の律令制、本音の幕府!!
権威と権力の二重構造である!!!!
そして首都機能を今日の影響の及ばない遠国、鎌倉に置く!
つまり下の者が権力を握っても良い???
それを実行したのが北条政子と言う!!
最高首脳はシンボルであり、実験は下にある????
神輿は軽くてパーがよい!!
海部首相が答弁を読み間違えた??
「一介の総理が読み間違うとは」
今でも官僚はそう思っている!!
「破滅の英雄」
義経である! 赤穂浪士もそうである!!
お家再興はならずに、全員切腹である!!

頼朝亡き後、北条政子が実権を握る!
旗揚げ以来の功臣を誅する!!
梶原景時、比企能員、畠山重忠、和田義盛………
三代で源氏は絶える!!
この時、足利も将軍へのチャンスはあった??

頼朝が「二十権限構造」へ舵をとり、北条政子らがそれを進めた!!
海部総理の例ではないが、官僚主導の政治になった…………


第4章 織田信長 「否定された日本史」の英雄
戦国時代はルネサンス時代と対応している!
この時期は開拓が進み、生産性が上がる!!
一国当たりの勢力が生まれる!
相模の北条、甲斐の武田、駿河の今川、阿波の三好、周防の大内………
すんなりと家督は継げなかった………
弟信勝、兄信広とも戦う!!
佐々成政も信長暗殺を謀る!!
池に藁の大蛇を流し、大蛇が出たとなれば必ず信長は見に来ると??
その時に暗殺する!
信長の性格を見抜いた暗殺計画であるが………
桶狭間の合戦は奇襲だったのか???
信長が奇襲をしたのは、桶狭間と本願寺と戦いだけである!!
あとは敵より多数の兵をそろえて、無理はしない!!

信長の戦いは???
① 銭で雇う兵  兵農分離である!
農民兵は強かった???
まず戦いに出て逃げたりすると共同体から村八分にされる??
なので必死に戦うが、農閑期しか戦えない!
銭で雇う兵は弱いし逃げたりするが、常時戦えて、補充も出来る!
長く戦うとやはり有利である!
戦術も戦略も最初に考えた方が有利である!
義経は平家の水軍と戦った!
この時に船頭を狙った?? それはしない約束が出来ていた!
が勝つためにはやる! それで勝った???
信長もそのようだ!!

② 財政基盤
何をやるにしても金が必要である!!
楽市楽座?? これで金を生み、兵を雇う??
レーガノミックスを実行した??
財政基盤があるので、鉄砲もたくさん揃えれる!!
信玄にしても豪族の集まりを率いている!
信長はそうではない!!
次々追放する!!

組織、財政、人事、戦略戦術上の新機軸を作り出す!
旧勢力は反乱する!
浅井長政、松永弾正、荒木村重、明智光秀………
丹波の波多野氏、播磨三木の別所氏………
著者言う、信長と家康が天下の構想をもっていた!

信長の絶対王政ビジョン!
天下構想は?
秀吉、光秀、長秀に九州を、勝家は出羽と越後、
一益は北関東、家康は陸奥一国と言う………
居城は大阪に移す!
世界に先駆けて絶対王政を作っていた??
同時代には、エリザベス女王、フェリベ二世、イワン雷帝がいる!

信長が生きていたら、重商主義をとり海外に進出していた?
が信長の死後外国の侵略を受けていたかもしれない………
が家康はその考えを引き継がなかった………
日本が国際化する可能性は残したが、挫折したのか???


第5章 石田三成 「日本型プロジェクト」の創造
「大一・大吉・大万」
関ケ原の合戦を企画した???
「司馬遼太郎・関ケ原」が知識の源である!!
著者によって新たな視点が出来た………
日本は偉くない人が大きなことが出来る国だと!
例が悪いと思うが、関東軍の満州国建国????
若手将校が勝手にやったと!!
自身の日本万博の開催!
新幹線、八郎潟の干拓もそうであると!

近江佐和山19万4千石である!
家康は250万国である! なので策を講じる!!
秀吉の死後750日に何を行うのか??
家康に対抗出来る実力者を担ぐ!
前田利家である!
宇喜多秀家、上杉景勝、毛利輝元らが、思惑があるが協力する!
前田利家が亡くなり蟄居する!
① 豊臣家のために
② ポスト、利益で誘導する
③ 恐怖

人間の行動の動機は?? それを利用する!
① 性善的なる愛情で動く
② 下劣な利益で動く
③ 弱さゆえに恐怖で動く

五大老の家老を口説く!! 
宇喜多秀家が協力する!
毛利輝元を総大将に祭り上げる!
つまり、三成の策は???
① 大義名分を立てた
② スポンサーを冠にした
③ 実務者ネットワークで有力大名を乗せた
④ 象徴的な人物を総大将に祭り上げた
そのために口説く?? No2をである!!
上杉景勝  直江兼続
毛利輝元  安国寺恵瓊
宇喜田秀家 明石全登
明石全登は関ケ原で福島正則と戦った………

結局は裏切る大名が多かったが、兵は集まった!
情報不足もある!
集まった大名は、三成は秀吉の薫陶を受けている!
勝つ戦略があると思わせた!
が現実はそうでない! 離反する大名は多い!
来てみればばらばらである!
三成には美意識があった!! 堂々と戦野で決着をつける!
結果負けたがその通りになった!
「関ケ原」と言えば天下分け目と言うことが分かる!
それを言えば、だれでも何のことか分かる………
関ケ原で戦ったのは、石田三成、宇喜多秀家、大谷吉継らか??
小西行長はどうだったのか??
石田三成の家臣はよく戦った!
嶋左近、蒲生家から仕えた家臣たち!
関ケ原の古戦場には行っている!!
特に感じたのは、大谷吉継に人から小早川秀秋の陣が見える!
司馬遼太郎、見えぬ目で見たと!!!
大谷吉継の墓がある! いった時は花が供えてあった!
ほっとしたが………
標識だけあるのが吉川広家に陣! 気分が悪くなったが………
関ケ原は、関ケ原町と垂井町に渡っている!
取り組みかたの違いを感じたが………


第6章 徳川家康 「成長志向気質」の変革
家康の影響は???
① 政治家として武将として、天下統一と幕府創建
② その生き方が日本人の手本になった
③ 徳川幕府により日本社会が規定された

家康が関東に移った時、江戸、古河、鎌倉などが候補だった!
江戸を進めたのは秀吉と言う!
家康の生き方が誤解されている???
人質時代、今川への服従、織田との同盟と忍耐したと言われる!

「厭離穢土 欣求浄土」
申し訳ないが、これを読める人は戦国時代、多かったのか?
穢れた世の中を厭い離れよ!
浄められた世の中を欣んで求めよ!

「浄土」
身分階級がはっきりと分かれている秩序ある世の中!
階級も決まっている、礼儀作法も決まっている、
家族に中の長幼の淳も決まっている、何もかも安定していること!!

「人の一生は重荷を負うて遠き路をゆくが如し、急ぐべからず」
辛抱、忍耐、倹約………
そんなことはない??
秀吉のように派手さはないが………
信長との同盟に耐えた????
ではどのような選択肢があったのか??
信玄と組むのか、北条と組むのか???
信長との同盟で、三河、駿河、遠江の3カ国を支配した!
本能寺の変後は、信濃、甲斐を手に入れている!

秀吉の成長志向が朝鮮侵攻になる!!
日本に土地が無くなる!!
関ケ原の合戦後、家康亡き後に加藤清正、福島正則、最上義光らを潰す!
これで世間に分からせる!!
家康を「冷酷」と言う!
家康の影響が残っている点!
「対外不振」の島国根性!!

① 中央集権国家の官僚制度の確立
② 倹約の奨励  成長志向への危機感
③ 鎖国
この時代は、中国からの移民が問題になっている??
明と清の争いである!! 鄭成功が援助を求めてくる!!
これらを禁止する!!
安定優先の鎖国である!
それによりどうなったか??
① 国際感覚の欠如
② 外国に対する不信感
③ 国際的孤立化
そいう影響が現在にまで残っている!!!

 

日本を創った12人 ①・堺屋太一

 

2021年1月30日 (土)

本・考証 明智光秀(2020/5) ②・渡邊大門,・片山正彦他

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第八章  明智光秀と織田信長の四国政策(須藤茂樹)
第九章  天正九年六月二日付け明智光秀軍法(長屋隆幸)
第十章  明智光秀の茶の湯(八尾嘉男)
第十一章 明智光秀の連歌と教養(渡邊大門)
第十二章 本能寺の変の諸説を語る(千葉篤志)
第十三章 本能寺の変後における明智光秀と朝廷(堺有宏)
第十四章 山崎合戦の性格(柴裕之)
おわりに
執筆者略歴


第八章  明智光秀と織田信長の四国政策(須藤茂樹)
信長の四国政策の変更がある!
昔は四国問題なんか言われない………
最新説か??
斎藤利三も絡む!!
「石谷家文書」
平成26年6月23日 発表される!
これにより、本能寺の変の原因が、四国にあると!!
その結論は、長宗我部元親に四国切り取り放題と言いながら、
土佐一国に押し戻そうとした!
占領した阿波、讃岐は返せと!
これが光秀が、変を起こした理由であると!!
本当かなと思うが………

長宗我部元親は、四国統一手前である??
土佐は「大津御所体制」がある??
前関白一条教房が京より、中村に下向しそのまま戦国大名化した!
元親は内政の中心を、中村から大津に移す!
一条氏を立てる???
この体制は批判的な意見も多い!!
信長は、阿波が本拠地の三好と対抗するために元親と結ぶ!
「敵の敵は味方」
「遠交近攻」
色々言うことはある!
元親の息子に、偏諱を与えて、信親と名乗らせる!
両者の関係も良好であり、光秀の立場も問題なかった!!

しかし信長の方向転換がある!
三好康長は信長の家臣になっている!
康長が交渉役になる??
天正9年から亀裂が入る!
信長の条件!
讃岐は信孝、
阿波は三好康長
土佐と、伊予は改めて決定する!!
元親は信長と敵対していない!
三好康長は利用価値がある??
阿波讃岐の占領を円滑に進めたい!

斎藤利三の兄、石谷頼辰の妻の姉妹が元親の妻である!
遠い親戚にあたる………
その関係で、光秀が元親との取次になる!
斎藤利三は勇将である! 
文武兼備の武将である!

光秀が、本能寺の変前に、
重臣に実行を打ち明けるが、

その一人であったと!!
この重臣たちも光秀も死んでいる!
この話は何処から漏れたのか?? 
全員山崎の合戦以降に死んでいる!!
納得しがたいが………
利三は、稲葉一鉄の家臣であったが、
出奔し、光秀に仕える1

これを不服に思った稲葉一鉄は信長に訴える!!
切腹を申し付けられるが、とりなしで助かるが、
本能寺の変の前である!
斎藤利三実行犯説もあるが………

光秀の妹??
天正9年「後妻木殿」が亡くなる!
光秀は追い込まれている!
織田政権では多忙を極める!
追い詰められている!
光秀はエリ-トである!
出世競争ではトップなのか?
秀吉に負けている!!
「怨恨説」は今は退いているが、
まったくないとは言えない???


第九章  天正九年六月二日付け明智光秀軍法(長屋隆幸)
「明智光秀軍法」
こう言う書は、必ず偽物の可能性を言われる!
漢文調なのか??
見ているだけで難しく感じる!
解説がある!
◆ 明智光秀軍法の内容(一・二条)
一条 戦場では大声を出さない!
二条 戦場での指示である!

◆ 明智光秀軍法の内容(三・四条)
三条 家臣、従者の行動規範!
四条 行軍中に騎馬が後ろに下がり過ぎを戒める!

◆ 明智光秀軍法の内容(五・六条)
五条 身勝手な行動をせずに、下知に従え!
六条 決められた場所に着陣せよ! 命令なき陣払いを禁じる!

◆ 明智光秀軍法の内容(七~九条以降)
七条 以降陣夫が運ぶ荷物の重量を定めている!
八条 軍役の人員を定める!
九条以降は、家臣が負担すべき武器、武具、人員!

◆ 難解な漢文調の文章!
訳文も微妙に違う!
研究者にはなれない自分が情けない!!
法を糺さず、武功も挙げずに、
国家の財産を無駄にすることへの批判がある!
重臣の中にもそのようなものがいるので、
明智家家中全体が嘲られる状態にある??
これが軍法を定める理由になる!

◆ 明智光秀軍法の評価
当時の織田家のなかでも先進的なものだった!
総じて評価されている!!

◆ 根強い偽書説
紙の質、書体、文書の伝来なども検討している!
あら捜しがきつい???
そんな完璧なものが1回で出来るのか??
本能寺の変が無ければ、変えて行っていると思うが………

◆ 偽書説の問題点
同時代の北条と比較している?
細かい点までは分からない!
何処で折り合を付けるか???

◆ 軍学者が作成したのか??
江戸時代の軍学者が作成した?
それはなさそうでる!
光秀が自分で書いた! 
ただし右筆が間違う可能性がある!

光秀の書いた軍法があり、
それの後世の人が手を加えた!!


第十章  明智光秀の茶の湯(八尾嘉男)
草庵の茶の湯!! 狭い粗末な建物、わび茶!
書院台子の茶!! 茶道具は唐物!

信長は信秀から相続していた、茶道具がある!
上洛前から茶を嗜んでいたと推測できる!
信長は「名物狩り」で自分の好みの名物茶道具を集める!
好き嫌いがある??
足利将軍家の茶道具を欲しがった?

信長には、今井宗久らの信長にレクチャーする人間がいる!
集めた茶道具を家臣に下賜する!
「御茶道御政道」「ゆるし茶」
褒美でもらう!
光秀は信長に茶道具を貰い、逆に贈呈している!

光秀最初の茶会は、天正6年である!
宗久、町人平野道是、銭屋宗訥である!
坂本城には茶室が多い!
光秀は堺では人脈は少なかった!
織田家同僚とも付き合いは薄かった??
細川幽斉とは親しい!!
茶道具コレクションはプロ級か???

茶会での食事がある!
豪華である?  鶴の汁??
本然7種、2膳5種、3膳5種………
光秀は過分な会席にならないようにした………

吉田兼見とは親密だった!!
信長とはもてなしの感覚にずれがあった!
家康の接待を解任された? そうではないと思うが………
魚が傷んでいた?
ではなく、光秀が普通と思うものが、信長には贅沢だと思えた!!


第十一章 明智光秀の連歌と教養(渡邊大門)
光秀は教養人か?
著者は特別に強調する必要はないと!
連歌  決意表明の「愛宕百韻」
連歌師、里村紹巴あたりを最後に衰退する?

光秀は生涯で50数回の連歌会を主催している!
千句のハードな会も開催している!
100韻を10回繰り返し、3日かかる??
よくやる!! 食事は?? トイレは??
ずっと正座か?? そんなことは無いと!!

戦国武将は、文化人、連歌師、茶人、能楽者らを招待し、
give-and-takeで情報を仕入れた!
光秀もその関係を通して情報を手に入れた!!

光秀が教養人と評価されるのは、「愛宕百韻」による??
これは原本は残っていない!
光秀の決意表明と言われる???
発句は光秀!!!
「ときは今 天が下しる 五月哉」
単に、毛利を征伐し天下を治める、と言う解釈がある!

著者がこじつけと言う??
◆ 日本・中国の古典の知識があり、朝廷の意向を受け、
源氏が平氏を討った???
信長は平氏性、明智は土岐源氏???
朝廷黒幕説である??? これは成り立たない!

◆ 光秀が本当に土岐一族なのか?? 良く分からないと?
黒田官兵衛も本当に、佐々木源氏の末なのか?
今のところ、土岐一族と証明は出来ていない!!

◆ 明智憲三郎の解釈!
だいたい「これが真実だ!」 と言うほどむなしいものは無い!
毛利討伐の出陣連歌で、土岐氏再興である!

◆ 朝廷黒幕説ありきか??

明確な否定!!!
◆ 愛宕山の勝軍地蔵菩薩に毛利征伐を祈願する!
◆ 先勝祈願の一環の「愛宕百韻」である!
◆ 発句を詠むのは総大将光秀!
  毛利を征伐し、天下を治める趣旨を詠まなければならない!
◆ ときは今   この一戦にかける!
    天が下しる  毛利征伐で天下を治める!

愛宕山で二度三度くじを引いた?
粽を皮のまま食べた?
光秀は病気だったのではないか????
精神病である………


第十二章 本能寺の変の諸説を語る(千葉篤志)
本能寺の変前の状況は、京は空白である!!
各地へ重臣は戦っている!
◆ 柴田勝家 越後上杉
◆ 滝川一益 関東北条
◆ 羽柴秀吉 中国毛利
◆ 丹羽長秀 四国攻めの準備 大阪
◆ 織田信忠 京
◆ 徳川家康 堺

京にまとまったまとまった兵力は無い!

現在のクーデターの条件!
地方政府、政党、官僚、警察、企業、労働組合、
宗教団体、利益団体、報道機関、
多岐にわたる権力集団をすべて軍事力で掌握する???

当時はどうだったのか???
◆ 朝廷  暗黙の支持???
◆ 宗教  本願寺、キリスト教………
◆ 警察
◆ 軍隊  配下の武将、幽斉、重慶………
◆ 報道機関は口コミか??
一応光秀は抑えている!

◆ 5月26日 坂本から亀山に移動
◆ 5月27日 愛宕山に参篭  二度三度くじを引く!
◆ 5月28日 連歌会
◆ 5月29日 信長上洛
◆ 6月1日  秀満、利三らに決意表明!
口に出した以上やるしかないと!!

様々な説がある! 後知恵とも感じるが………
① 怨恨説
② 野望説
③ 政策上の対立
④ 精神的理由
⑤ 黒幕説
詳細に分ければもっと多い!
黒幕説も複数ある!!

① 怨恨説
◆ 家康の饗応役を外す
◆ 斎藤利三の件
◆ 無理やり酒を飲ませる
◆ 森蘭丸が明智領を欲しがった
◆ 丹波攻めで母親を人質に出し殺された
◆ 光秀の妻を望んだ
いずれも事実言い難い!!!

② 野望説
◆ 武田勝頼と通じていた?
◆ 穴山信君から内通を暴露されそうになった?
◆ 元から謀判を考えていた
◆ 変の前に、願望が叶ったら小国を与えると言っていた?
◆ 自身を周の武王に見立て、信長を殷の紂王に見立てた?
◆ 連歌会の決意表明??
こじつけに感じるが………

③ 政策上の対立
◆ 近江丹波を召し上げて、石見出雲を与える????
◆ 四国問題????
◆ 正親町天皇の譲位強要、平氏の信長の征夷大将軍阻止????
◆ 信長の自己神格化の阻止????
四国問題は最近であるが、問題になるのか?

④ 精神的理由
◆ お互いの性格が合わない?
◆ ノイローゼ?
ノイローゼ説が一番可能性が高い!!!

⑤ 黒幕説
◆ 羽柴秀吉  中国大返しは早過ぎる?
◆ 徳川家康  信康の恨み?
◆ 足利義昭
◆ 朝廷
◆ イエズス会 南蛮勢力
◆ 毛利輝元
◆ 上杉景勝
◆ 本願寺
◆ 千宗易
◆ 森蘭丸

ここ中ですぐに連絡がつくのは、朝廷と森蘭丸である!
その他は遠方である!
どうやって連絡するのか??
それなりの人間が打ち合わせしなければならないと!
メールですぐに連絡がつかない!
ばれれば終わりである!
信長を殺した後、どうしたかったのか??
一番くだらないのが、明智憲三郎に立花京子!!

石谷家文書の発見で、四国問題が重要になる??
斎藤利三が重要になっている!
注目の人である!!

本能寺の変後の道秀の書状の内容!
雑賀の土豪宛である!!
◆ 雑賀衆との連携の相談
◆ 高野山、根来衆、雑賀衆
◆ 明智軍が近江と美濃を平定する!

京に入った秀吉は、略奪に対する指示がある??
預物??
戦乱などの非常時に、住民が家財を守るために、寺院や神社に預ける!
守るための知恵である!
秀吉は明智により略奪されたものの提出を命じるが、
かえって秀吉軍の略奪を招いた??

◆ 確かな証拠があれば、預かり主に返す!
◆ その他について確認しない!
何処にでも悪はいる!!

「革命児信長の時代の終焉」が、光秀の評価につな
新史料の発見があるが、決定的ではない!!


第十三章 本能寺の変後における明智光秀と朝廷(堺有宏)
朝廷黒幕説??  関与説??
これは現在下火である?
信長が死に、信忠も死ぬ!
誠仁親王を二条御所から脱出させている!
武家政権が、織田から明智に代わる!!

光秀は安土城に入城する!
吉田兼見が安土城に派遣される!
光秀は??
◆ 勅使派遣を感謝し、お礼を申し上げる!
◆ 誠仁親王が無事に退避出来て「祝着」であると!
◆ 明日、光秀が上洛してお礼を申し上げる!

朝廷も迷う!
叛乱者をすぐに認めてよいものか………
光秀は早々と負ける!!
朝廷もさっさと縁を切る!!
負ければ賊軍か???


第十四章 山崎合戦の性格(柴裕之)
織田政権で凋落している勢力が光秀に協力する!
京極高次、安藤守就、武田元明、阿閉貞征………
与力の武将に協力を求める!
そんな中で、秀吉が帰還する!
著者は、大返しのスピードは、そんなに速くなかったと??

光秀の与力の武将が付いてこない!
細川藤孝親子の説得に失敗する!
順慶は迷っている???
状況によれば光秀に付いていた!!
最初は光秀に協力している??
洞ヶ峠も、順慶の優柔不断さが、行ってもないのに、
「洞ヶ峠を決め込む」と言われる??

山崎の合戦は、今後をめぐる勢力争いである!
秀吉は4万と言われるが、2万か??
利三は坂本城撤退を勧めたが、光秀はここで戦うと!
光秀は負け、秀満が一族の最後を飾る!
潔かったようだ!!
焼いたりしないで、残すものは残した!!

織田政権は秀吉に引き継がれて中央政権を維持するが、
織田家は終わりである!!!


おわりに
史実、逸話、伝承の区別がつかない研究者もいる!
自説にこだわり曲解する!
最近は歴史と観光が結びついている!
余計に新説、これが真実と言う本が多い!
金儲けの手段か?????


執筆者略歴

 

考証 明智光秀 ②・渡邊大門,・片山正彦他

 

2021年1月29日 (金)

本・考証 明智光秀(2020/5) ①・渡邊大門,・片山正彦他

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出自や正確な生年月日さえも未だにわかっていない明智光秀。

しかし、光秀が戦国の世に生きた証しは少なからず残されている。
本書では光秀に関する14のテーマを取り上げ、
一次史料を駆使しながら、伝説や物語とは一線を画した等身大の光秀像を描く。


大変楽しい内容である!
「本能寺の変」の作品は嫌とほど読んでいる!!
最近の四国問題の解説も良く分かる!
重複すところも多いが、少しの意見の相違もある??
よくまとまっているし、読みやすい!
内容は下記の通りである!!  ① ②と分けて紹介する!!



はじめに
第一章  明智光秀は美濃土岐明智氏出身なのか(木下聡)
第二章  明智光秀と足利義昭・細川藤孝(山田康弘)
第三章  明智光秀と近江(渡邊大門)
第四章  明智光秀と京都支配(秦野裕介)
第五章  明智光秀と信長配下の部将との関係──筒井順慶・細川幽斎を中心に(片山正彦)
第六章  明智光秀の丹波攻略(渡邊大門)
第七章  明智光秀の丹波支配と国衆(福島克彦)


第八章  明智光秀と織田信長の四国政策(須藤茂樹)
第九章  天正九年六月二日付け明智光秀軍法(長屋隆幸)
第十章  明智光秀の茶の湯(八尾嘉男)
第十一章 明智光秀の連歌と教養(渡邊大門)
第十二章 本能寺の変の諸説を語る(千葉篤志)
第十三章 本能寺の変後における明智光秀と朝廷(堺有宏)
第十四章 山崎合戦の性格(柴裕之)
おわりに
執筆者略歴


はじめに
2020年 大河ドラマ「麒麟がくる」
明智光秀関連の書籍が沢山発行されている!
光秀の時代、信長の研究が進んでいる!
一次史料に基づいた執筆を心がけて、光秀の真の姿に迫る!!


第一章  明智光秀は美濃土岐明智氏出身なのか(木下聡)
家柄、出身地は確定していない!
光秀は明智を苗字とする!
明智と言えば土岐一族!
土岐一族だから美濃出身???

「ツマ木」??????
信長の側室??
単なる女房衆の一人?
光秀の妹と言われる??

他にも出身地はある!
◆ 近江出身
◆ 若狭出身

明智は、土岐一門の有力な7家の一員である!
通字がある!
足利家は、義!
織田家は、信!

光秀の明智一族は、頼を用いるが、光秀の父と思われる人は、光が付く!
光国、光隆、光綱???
足利幕府の、足軽衆?? 奉公衆であれば、家柄がモノを言う!
足軽衆とすれば、土岐一門としても傍系なのではないか?
直系ではないようだ………


第二章  明智光秀と足利義昭・細川藤孝(山田康弘)
「大河ドラマ・麒麟がくる」
義昭がこれほど好意的に描かれた例は無いと言う??
足利将軍は無力だったのか??
献金も頼めばしてくれる!
越前朝倉氏、伊勢北畠氏、駿河今川氏、河内畠山氏、
能登畠山氏、周防大内氏、豊後大友氏………

細川藤孝??
司馬遼太郎が言う!
足利、織田、豊臣、徳川と生き抜いた??
文化人である??

ここでは出てこない!  こういう確証性のない話は載せない!!
智慶院が将軍足利義晴の子をみごもったまま晴員に嫁いで幽斎を生んだ??
事実ならば足利義輝、義昭の庶兄にあたる???
三淵氏から和泉守護細川元常の養子に入った??
ではないと!!
近江源氏佐々木一族であり、8代将軍足利義政の近臣となり、
活躍し細川名字を賜った!

光秀は、越前朝倉氏のところにいて、義昭に仕える!
義昭は尾張の信長を頼り、上洛し15代将軍になる!
この時には義昭の家臣である!
義昭の家臣と言うより、信長の家臣として活躍する!
しかし信長と義昭は対立する!
「5ヵ条の条書」
これもどうなのか? 本当に義昭は認めたのか??

信玄西上で、義昭は反信長陣営に参加する!!
が信玄は死ぬ!
挙兵したがあっという間に負ける!!
息子を人質に出し、追放される!!
紀伊から備後鞆に行く!
そこから信長打倒の号令をかける!!
「信長一強、一強他弱」
◆ 信玄に次いで謙信も死ぬ!
◆ 反信長の連携が上手く行かない! 蘇秦はいたのか?
◆ 武田勝頼が滅びる!
◆ 光秀は丹波攻略である!
こうして本能寺に向かう!!

光秀は義昭と連携したのか??
可能性はあると!
荒木村重も叛乱は、義昭の上意による行為だと!!
そうして汚名を避ける??
光秀も同じことを考えた??

本能寺の変の前に連絡は取れていた?
それは無いと??
ただ光秀が、主殺しの汚名をやらげるために、
自分で連携があったと言う可能性はある!!
証拠はないが………


第三章  明智光秀と近江(渡邊大門)
光秀の近江出身説がある??
屋敷跡もある???
信長の朝倉攻めで、浅井長政が裏切る!!
この時信長は逃げる?
しんがりは光秀と秀吉??? 池田の名前が無い!

浅井朝倉と信長の戦いは、総力戦になっている!!
本願寺がこの危機に信長との戦いを門徒に命じる!
朝倉、浅井、本願寺の連携である!

朝倉、浅井は、本願寺の挙兵に三好三人衆!!
長島の一揆で弟が戦死!!
比叡山が問題である!!
これはお互い事情で、勅命講和になる!!
講和が潰れるのは時間の問題である!
比叡山焼き討ちである!
光秀は熱心にやったと!
信長は無神論者だからやったのではない!
本願寺に、比叡山は、
宗教者としての本分を守らずに、

歯向かったからである!!

光秀は坂本城を与えられる!
義昭も「遠交近攻」か??
越後や、甲斐、中国が頼りか?
畿内の信長を討つ!!
義昭挙兵であるが、屈服させられる?
朝倉浅井攻めである!!
浅井久政、長政の首に箔濃を施し、家臣に披露する!
これは残虐な行為とされるが、首に敬意を払っただけだと?

光秀の近江支配の記録は少ない!
山門領など寺社領を横領している!!
光秀近江出身説は、地元を中心に広がっている………


第四章  明智光秀と京都支配(秦野裕介)
「京都代官」 メンバーは?
◆ 村井貞勝
◆ 佐久間信盛
◆ 丹羽長秀
◆ 明院良政
◆ 木下秀吉

光秀の仕事は??
◆ 朝山日乗との協働
◆ 加茂荘の軍役をめぐる木下秀吉との協働
◆ 中川重政・丹羽長秀・木下秀吉との協働
◆ 光秀の単独文書
◆ 松田秀雄・塙直政・島田秀満との協働
  塙直政は蘭奢待切り取りである!
◆ 義昭との決別
◆ 村井貞勝との協働
◆ 光秀は近江も担当し、軍事指導者と行政責任者を担当する!
◆ 三淵藤英の処遇と旧幕臣の取り込み
三淵藤英の切腹を見とどける!
摂津晴門の扱いは小さい………

信長は、家臣に名前を与える!
◆ 光秀   惟任日向守
◆ 丹羽長秀 惟住
◆ 秀吉   筑前守
◆ 塙直政  原田備中
◆ 村井貞勝 長門守
◆ 簗田広正 別喜右近
九州が標的か??
光秀は、坂本と亀山に城を持ち、姜のキャリアは終わる!
丹波攻略である!!


第五章  明智光秀と信長配下の部将との関係──筒井順慶・細川幽斎を中心に(片山正彦)
筒井順慶と細川幽斎である!!
どちらも本能寺の変後、光秀は当てにする!
かりに順慶が1万の兵を率いて
光秀側についたらどうなっていたのか?

光秀と幽歳の関係は古い………
ここでは省く!
順慶はどうか??
順慶は弾正の後の、塙直政が戦死して大和に入れられるが、その頃からの付き合いか?
もっとも順慶は大和興福寺の出か??
どちらの武将も信長に厳しく使われている??

本能寺の変前の動向である!
光秀は、愛宕山で二度三度と籤を引く!
そうして連歌である!!
本能寺の変後、順慶は光秀に味方するつもりだった???

幽歳はどうもはじめから無理と悟った!
光秀の説得にも応じず、忠興とも剃髪して、たまを離縁する!

「洞ヶ峠の日和見」
順慶はここへは兵を出していない!
秀吉のあまりの速さに迷う!
洞ヶ峠に来たのは、光秀かその軍勢であるのに、
順慶が来たようになっている!

まるで順慶が悪者である!
順慶は、大和一国を安堵される!!
それなりに評価されたようだ………


第六章  明智光秀の丹波攻略(渡邊大門)
丹波攻略を有利に運ぶが、裏切られる!
丹波八上城の波多野秀治である!
信長は光秀を責めていない!!
各戦線をまわり、再度丹波攻略にかかる!
播州三木も、摂津荒木村重もそうだが、
丹波も毛利を当てにしている?

そして叛乱する………
この時期は信長も焦ったのではないか??

八上城攻撃も三木城と同じく兵糧攻めである!
落城寸前になる!!
◆ 助命と退城を懇望してきたと!
◆ 400、500人が餓死
◆ ひとりも打ち漏らさず八上城を落城させる!
◆ 要害、塀、柵、逆茂木を張り巡らせて落城を待つ

光秀は長い年月をかけて、丹波を攻略する!
丹波を支配する!
◆ 亀山を本城に、
◆ 八上城  明智光忠
◆ 黒井城  斎藤利三
◆ 福知山城 明智秀満

光秀の丹波攻略は??
◆ 天正3年8月開始
◆ 義昭、毛利、本願寺に通じている!
◆ 八上城攻撃は、天正6年9月からで、

本腰を入れたのは天正7年2月以降!
◆ 落城は天正7年5月で、実質3カ月である!
◆ 三木城と似た攻撃である! 
天下を秀吉がとったので三木の方が有名になった!


第七章  明智光秀の丹波支配と国衆(福島克彦)
織田政権は、光秀、勝家、秀吉などに権限を与えている!
光秀は「人たらし」のような側面も持つ!
光秀の書状がある!
◆ 3人1組宛の文書について
◆ 亀山城普請に関する文書
◆ 本願寺攻めとの兼ね合い
◆ 亀山地区上に関する資料
◆ 八上城攻めに関する文書
◆ 八上城攻撃の本格化
◆ 八上城攻撃の全貌
◆ 3名宛て書状の位置づけ
3人一組で命令している?
組み合わせは固定していない!

最初は柔らかく??
次第に支配を強めた!!

 

考証 明智光秀 ①・渡邊大門,・片山正彦他

 

2020年9月13日 (日)

本・明智光秀のすべて(1994/11)・二木 謙一 (編集)

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明智光秀はなぜ信長殺しに走ったのか。
日本史上最大の謎に気鋭の学者13人が挑む。

1994年で少し古い!
が呼んでみた!
本能寺の変の原因で、南蛮勢力の話はない!!
当たり前である!
話題の四国説も大きく扱っていない!!
内容は下記の通りである!!


実務派型武将の栄光と転落       二木謙一
明智光秀と信長            宇田川武久
明智光秀と秀吉            染谷光廣
明智光秀の戦略・戦術         小和田哲男
明智光秀の近江・丹波経略       長谷川弘道
文人としての明智光秀         米原正義
明智光秀をめぐる女たち        島津隆子
ドキュメント本能寺の変        下山治久
本能寺の変 光秀蹶起の真相を検証する 宮本義己
明智天下の十二日間          鍛代敏夫
明智光秀合戦事典           平野明夫
明智光秀関係人名辞典         風間洋
明智光秀関係史跡事典         平野明夫
明智光秀関係系図           長谷川弘道
明智光秀関係年譜           長谷川弘道
明智光秀関係文献目録         大聖子
あとがき
執筆者略歴


実務派型武将の栄光と転落  二木謙一
インテリ、知識人、高級官僚である??
前半生は分からない!

〇 進士某の次男
〇 若狭小浜の刀鍛冶の子
〇 明智美濃出身で本性御門で、明智に改める
〇 明智駿河守の親戚
要は決定的なものがない!!

廻国修行に出ている! 明智軍記だけである!!
加賀、越中、春日山、奥羽、関東、東海、毛利、尼子、
九州の竜造寺、大友、島津、四国を廻る!!
朝倉義景仕官する!  36歳!!

斎藤竜興が美濃を追われて越前に来る!
光秀は朝倉家を辞す!!

足利義昭の近臣になる!
当時は、義昭、信長に仕えている???
行政手腕がある!
やがて織田家に仕える!  義昭を捨てる???
近江坂本城主である!
惟任の姓と新たに丹波一国29万石を与えられる!
要は評価されている!!

「その才知、深慮、狡猾さにより信長の寵愛を受け、
 主君とその恩恵を利することをわきまえていた」
「裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的であったが、
 己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とした」
「友人たちの間に会って、人を欺くために72の方法を体得し、学習したと吹聴していた」
これらの評価は正しいかどうか分からないが、実務にはたけていた!

丹波召し上げ、石見、出雲への領土替え、母が殺される、家康饗応の失敗、室町幕府の再興??
それらが原因だったのか???
明智光秀の与力の武将は、結局誰も味方しなかった!
前から不思議に思っていたが、佐久間信盛が追放されたとき、反乱は起こらなかった!
死に物狂いで反撃しなかったのか??
荒木村重は一応付いて来た人間も多い!
光秀も付いて来ている家臣は多い!
斎藤利三は信市に恨みがあったので積極的だった??

要は負けるべくして負けた???
ここと言う決断が出来なかった???
インテルの限界か??
京都の人間、公家や朝廷はしたたかである!
光秀を見極めている????


明智光秀と信長  宇田川武久
本能寺の変の14年前、信長は足利義昭を奉じて上洛する!
その前に美濃を下している!

光秀の出自は分からないと!
明智軍記は信頼性に欠ける???
光秀の諸国遍歴は2年間??
それで九州から奥羽まで??
信用されない!!!!
嘘が一杯ある!!

義昭が朝倉から美濃に動座した時には、光秀は信長に家臣になっている!
信長は義昭に五か条の誓約書を突きつける!!
政治手腕はある!!
負けた方は好きなことを書かれる!
「豊内記」
自らを武王になぞらえて信長を殷の紂王に比している!
虚構に過ぎないがそんな話が多い………


明智光秀と秀吉  染谷光廣
ほぼ同時期に、ほぼ同じ立場であったと!
光秀は義昭と信長の双方に仕えている!
かの有名な金崎の退口は秀吉が担当した??
しかし、「木藤、明十、池築其の他残し置かる」
ひとりではない!!
秀吉の軍功はそのまま信用はし難い!!

光秀の家臣団!!
一族衆  秀満、斎藤利三
山城衆  
旧幕臣  

秀吉は近江衆が主体
秀吉は「手の者」で、光秀は「外様」
本能寺の変後、秀吉は光秀、利三らには首謀者として処分している!
それまでに、三木城、備中高松城は城主に腹を切らして他は許している!
同じように光秀の部下は許している!!
本能寺の変後、秀吉は人間の集団はどうあるべきか、
その長はどうあるべきか? 秀吉は本能寺の変を体験し、
自らをきかしきれた人物だと!!!


明智光秀の戦略・戦術  小和田哲男
小和田哲男の本はよく読んでいる!
光秀は信長に評価されていた!
「明智軍記」「細川家記」は当てになる???
足利義昭の近臣時代に武功があった!
姉川の合戦も参加したかどうか分からない?
近江坂本を与えられる!
叡山焼き討ちがある!!
坂本は琵琶湖の制湖権を争う!
水軍も持っていた!  堅田水軍!!

丹波攻略は攻城戦である!
光秀は戦略にも優れていた??
丹波攻略は時間がかかったが、専属で戦っていない!!

本能寺の変の成功は、光秀の緻密さにもよる!!
しかし山崎の合戦は、光秀16,000人、秀吉は36,500人!
秀吉は光秀打倒に絞っているが、光秀はそうではない!
光秀は野戦より攻城戦を得意とした?


明智光秀の近江・丹波経略  長谷川弘道
信長は上洛する!
光秀は信長の近江平定に参加する!
坂本は水陸の要所になる!
近江の光秀の経営の資料は少ない!
湖の水軍を掌握する!

丹波攻略は時間がかかった!
病気にもなっている!
丹波だけではなく、あちこちの戦線に使われている!
光秀は善政をひいた………


文人としての明智光秀  米原正義
戦国武将は連歌に通じている!!
連歌が並んでいる………
問題の愛宕百韻である!
光秀 時は今あめが下し(な)る五月哉
紹巴 花落つる流れの末をせきとめて

本能寺の変の4日前に決意表明をするかなと!!

光秀は茶人・津田宗及と親しい!
茶湯を盛んに開いている!


明智光秀をめぐる女たち  島津隆子
〇 母 於牧  磔になった??? 
〇 帰蝶    斎藤道三の娘
〇 熙子    本能寺の変の前に死亡している???
  そう言う説もある!!  信長に目を付けられた???
〇 三人の娘! 明智秀満の妻(荒木村安の妻)
  織田信澄の妻!
  ガラシャ! 不幸なのか??? 
  が、侍女たちは多くは死んでいる!!
あまり良い生涯ではない!!!

ドキュメント本能寺の変  下山治久
光秀は中国攻めの応援に行く!
丹波を攻略している! 配下には、
細川藤孝、忠興、池田恒興、筒井順慶、中川清秀、高山右近………

信長と光秀は合っていたのか???
〇 斎藤利三の帰属の問題
〇 諏訪法華寺で、光秀が骨を惜しまず働いたと言って、信長に折檻される!

本能寺の変前に決意を打ちあける! 以下の5人である!
明智秀満(左馬助)
明智光忠(次右衛門)
斎藤利三(内蔵助)
藤田行政(伝五)
溝尾茂朝(庄兵衛)
全部死んでいる! では誰が後世に伝えるのか??

本能寺に乱入する!
かなり早くに、全国に本能寺の変は広まった!!


本能寺の変 光秀蹶起の真相を検証する  宮本義己
本能寺の変はなぜ起こったのか???
怨恨説!
〇 波多野兄弟誘降りの一件
〇 庚申待酒宴の一件
  徹夜で酒宴と乱舞の会で、信長に折檻される!
〇 妻を狙われた一件
〇 諏訪法華寺の一件
  光秀が骨を惜しまず働いたと言って、信長に折檻される!
〇 家康饗応の一件
〇 斎藤利三の一件

野望説!
〇 武田へのない通説

その他の説は??
〇 織田政権筆頭への地位が困難になった
〇 秀吉との出世争いに遅れた
〇 長宗我部元親との約定を、信長が反故にした
〇 四国討伐の総大将になれなかった
〇 近江・丹波を召し上げて、石見・出雲をへの国替え
〇 丹波の軍事権が信孝によって剥奪される

すでに信長に見切りをつけていた???
佐久間信盛や、林道勝が追放され、京が真空となった今しかない!


明智天下の十二日間  鍛代敏夫
〇 6月2日 
本能事変後、諸国へ連絡する
〇 6月3日
安土城撤退! 秀吉の元に密書が舞い込む!
〇 6月4日
秀吉講和! 武将の勧誘!!
〇 6月5日
瀬田橋修復、安土城へ行く、織田信澄が殺される!
〇 6月6日
政権の正統性を訴える!
〇 6月7日
秀吉が出陣の用意!
〇 6月8日
各地の諸将に連絡が行く!
〇 6月9日
光秀の配下の諸将が動かない!
〇 6月10日
重慶は来ない!
〇 6月11日
秀吉が尼崎に着く!
〇 6月12日
山崎の合戦の前夜!
〇 6月13日
山崎の合戦後、小栗栖で死ぬ!!


明智光秀合戦事典  平野明夫
〇 北伊勢平定戦    織田信長VS北伊勢諸将
〇 六条本圀寺の戦い  足利義昭・織田信長VS三好一族
〇 大河内城の戦い   織田信長VS北畠具教
〇 姉川の合戦     織田信長・徳川家康VS朝倉景健・浅井長政
〇 志賀の陣      織田信長VS朝倉義景・浅井長政
〇 比叡山焼き討ち   織田信長VS延暦寺僧徒
〇 今堅田城攻め    織田信長VS足利義昭
〇 槙島城の戦い    織田信長VS足利義昭
〇 静原城の戦い    織田信長VS山本対馬守
〇 越前攻め      織田信長VS越前一向一揆
〇 黒井城の戦い    明智光秀VS萩野直正・波多野秀治
〇 亀山城の戦い    明智光秀VS内藤氏
〇 園部城の戦い    織田信長VS荒木氏綱
〇 八上城の戦い    明智光秀VS波多野秀治・秀尚
〇 氷上城の戦い    織田信長VS波多野宗長・宗貞
〇 黒井城の戦い    織田信長VS赤井忠家・直照
〇 本能寺の変     明智光秀VS織田信長
〇 山崎の戦い     明智光秀VS羽柴秀吉
〇 坂本城攻防戦    明智氏VS羽柴秀吉

 

明智光秀関係人名辞典  風間洋
〇 赤井直政
〇 明智秀満
〇 明智光隆
〇 明智光忠
〇 朝倉義景
〇 足利義昭
〇 阿閉貞征
〇 伊勢貞興
〇 今井宗久
〇 織田信澄
〇 織田信長
〇 斎藤利三
〇 里村紹歯
〇 四天王政孝
〇 柴田勝定
〇 津田宗久
〇 筒井順慶
〇 妻木広忠
〇 豊臣秀吉
〇 波多野秀治
〇 藤田行政
〇 細川ガラシャ
〇 細川忠興、
〇 細川藤孝
〇 溝尾茂朝
〇 御牧景重
〇 吉田兼美


明智光秀関係史跡事典  平野明夫
〇 明智城址  可児郡可児町
〇 一乗寺遺跡
〇 宇佐山城址
〇 坂本城址
〇 愛宕山
〇 亀山城址
〇 老の坂峠
〇 本能寺跡
〇 現本能寺
〇 安土城址
〇 小栗栖


明智光秀関係系図  長谷川弘道

明智光秀関係年譜  長谷川弘道

明智光秀関係文献目録  大聖子

あとがき

執筆者略歴


明智光秀のすべて・二木 謙一 (編集)

 

2020年9月 1日 (火)

本・戦国軍配者 嶋左近(2001/6)・山元 泰生

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秀吉が「この男には明日にも10万の兵を預け、その進退をまかせられる」と絶賛した天才戦さ師・嶋左近。
きめ細かい調査取材で戦国史の謎に挑戦。左近の劇的な生涯を綴り、生死の瞬間を捉えた小説。


謎に包まれた武将なのか??
関ケ原の合戦で、凄まじい戦いをして名前を残した………
筒井順慶に仕える!!
松倉右近とともに、右近・左近で有名だったようだ………
大和にはかの高名な松永久秀がいる!
好まれる武将ではない??
やりたいことをやって死んだ!!
信長に3つの悪行を言われる!
①  将軍足利義輝を殺した
②  奈良東大寺の大仏を焼いた
③  三好家乗っ取り
余人なら一つの事でも出来ないのに3つもやった???
これは褒め言葉と言う???? そんな事は無い!!

美女を連れて戦場に行き、気かむくと紙帳を張り、複数の美女と戯れる??
用事があると、首を出し指図する!!
裏切りの常習者である!
信玄、謙信がたてば信長を裏切る!!
最後は爆死したとはいえ、幸せな人生ではないか??
やりたいことをやって、やり過ぎて死ぬ!!!

筒井は松永と争う!!
そこらあたりはあまり興味はないが………
ただ順慶は信長に仕え、光秀の与力になる!
大和で1万の兵を持つ!!
本能寺の変がある!!
洞ヶ峠である! 勝つ方に付こうとした??
が、嶋左近は光秀に付くように進言する!!
左近は勝てると思っている!!
しかし細川幽斎、高山右近、中川清秀らは秀吉についてる??
が、筒井勢が味方すれば、迷っている小領主に影響を与える!
この話の真偽は分からない??
しかし、関ケ原の合戦時 「今時の諸侯は明智光秀や松永久秀のような果断にかけている」
といった話もある!!
ともあれ参加せずに筒井は生き残り、秀吉に目を通して止められる!!
明智に味方すべしと、言ったことは知れ渡っている!!

順慶が亡くなり、実子は居なく定次が後を継ぐが、出来は良くない??
老臣を信用しない!!
大和から伊賀に国替えになる?
大和は寺の勢力が強いし、伊賀は不気味である!!
どちらにせよ、秀吉に見透かされている??
この男では、家中は保てないと!!!

左近は身を引く!!
他家から声はかかるが、世捨て人になっている??
ここに石田三成が来る!!
仕官のお願いである!!
ここらははっきりしたことは分からい??
1万石か、2万石か??
どちらにしても半分を与える!!!
これに左近は応じる!!
右腕になる!!!
島津攻め、北条攻めがあるが、左近は参加していない??
忍城の水攻めに失敗する!!
これは秀吉の強要との話もある!!
朝鮮出兵から引き上げる!!
三成も出世している!!

佐和山に19万4千石を与えられる!
佐和山城を与えられて家臣も増える!!
蒲生備中(郷舎)、舞兵庫、高野越中、大場土佐………
司馬遼太郎・関ケ原によれば、蒲生家浪人と、関白英次の浪人を抱えたとある!
特に蒲生家浪人は良く戦ったと!
蒲生氏郷は、家臣に蒲生の姓と郷の字を与えた!
前田利家に意見されたようだが………
蒲生備中(郷舎)も良く分からない???
どうも名前がダブっているところもある!!
三成の近江衆、左近の大和衆らもいる!
三成の父と兄は有能であり、領地を治めている!!!!

打倒家康!!!
三成は、味方する大名を挙げる!!
が左近から見れば、10数家か???
ここらは定石通りに話が進む!
家康暗殺未遂事件???
前田利家が亡くなる!!
七将の三成襲撃による、家康の屋敷に逃げ込む話はない!!
左近と本多正信の話である!!
加賀前田利長反乱! 弟利政の動向!! 利長が屈する!!
となれば期待は上杉景勝である!!
会津で家康を迎え撃つ!!!
家康、何するものぞ!!!
関ケ原に向かうが三成は自信がない???
書状に頼り、各地の大名に味方せよと!!

大垣城で、島津豊久に夜襲を進言され、左近は同調する!!
が、三成が反対する??
堂々と戦野で勝負を付けたい!!!
これが間違っている???
実際には、関ケ原で戦ったのは、三成、大谷吉継、宇喜多秀家か???
小西行長も戦意は無い???
左近は家康を狙う!!
左近負傷でこの戦いは終わった……… 二発の銃弾である!!
黒田長政の執念なのか?????
三成は優柔不断だったのか………

「司馬遼太郎・関ケ原」を読んだのは40年以上前である!!
その時のおどろきと、感動に勝るものはないと思う!
それ以来何冊も読んでいるが、流している感じである!!!

 

戦国軍配者 嶋左近・山元泰生

 

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