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2020年5月15日 (金)

本・関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実(2019/9)・渡邊 大門

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東西両軍の勝敗は、前日に決まっていた。
三成と上杉の「挟撃策」、午前中は押し気味だった西軍、迷う小早川秀秋……
通説は完全に覆った! 豊臣秀吉の死後、天下を狙う徳川家康。
一方、豊臣政権を守ろうとする石田三成は、
上杉家の直江兼続とともに家康を東西から挟撃する策を練る。

さらに関ヶ原で西軍は、後年、ドイツのメッケルに
「西軍勝利」と言わしめたほど見事な布陣をし、

東軍と互角以上に戦いながらも、小早川秀秋の裏切りで敗れた……
小説やテレビドラマ、映画等でおなじみのこれらの逸話は、
後世に編纂された二次史料から生まれたフィクションであった。
では、同時代の一次史料から関ヶ原合戦を眺めたとき、何が見えてくるのか。
最新の研究を踏まえて、従来の関ヶ原のイメージを完全に覆す書。

関ケ原である!!
ただ題名が「作り話」だったのかは、感じるものが多い!!
東北と九州は書かれていない? 当たり前か?
著者の本はよく読む方である!
アホみたいに、これが真実だ!! なんては言わない!!
疑問の可能性を示して判断する!!
黒田官兵衛の出身地である!!
近江木之本か、播磨黒田庄か????
どちらとも、ここだとは言い難い………
どちらも行ったが、熱意が違った………
木之本の方が燃えていたが………
展示に間違いもあったので指摘してきたが………
内容は下記の通りである!!


関ヶ原の合戦の論点   ―序にかえて―
第一章 豊臣政権の変質
第二章 上杉景勝の覚悟
第三章 決起した西軍
第四章 輝元、吉継、三成の選択
第五章 関ケ原前夜の攻防
第六章 決戦関ケ原
第七章 関ケ原体制の創出
おわりに
主要参考文献


関ヶ原の合戦の論点   ―序にかえて―
司馬遼太郎に対する考察がある???
批難ではない……… ???
古書店に資料を買いに行くと、根こそぎ買い占めたようだ………
恐怖に陥れる………
史料には一次史料に二次史料がある!
どちらも取り入れているようだ………
学生時代に「関ケ原」を読んだ!!
メチャメチャっ興奮した!!
司馬遼太郎ならば……… そう思わせるものがる!!!
しかしその頃から見れば知識もついている………
● あったかどうか疑問視されている小山評定?
● 七将に追いかられた三成が、家康の屋敷に駆け込んだ?
● 嶋左近の実力は?? 
● 直江兼続、上杉景勝の実力は??
最上義光攻めで、長谷堂城を攻撃するが、攻めおおせていない!
夢が無くなるが、武将たちの描き方は最高ではないか!!
最高なのは、藤堂高虎!!!
誤ったイメージの克服がある!


第一章 豊臣政権の変質
● は思っていたことと違う内容である!!
昔は五大老、五奉行、三中老と思っていた………
それは誤解があるようだ!!
五大老、五奉行の呼び方と、役目が違ったようだ………
どちらが上で、どちらが下なのか??

徳川幕府はじじ臭い!!
老中、大老、若年寄り………
この五大老も江戸時代に言われたのではないと??

● 七将の三成襲撃事件!!
 まず七将である!
 加藤清正、福島正則、浅野幸長、黒田長政、細川忠興は一致している!
 この本では、蜂須賀家政、藤堂高虎である!
 司馬遼太郎は、池田輝政に加藤嘉明である!
 間違っても藤堂高虎の名前は出て来ない………
 他には脇坂安治の名前もあるが………
 家康の屋敷に逃げ込む話は面白い!
 井伊直政が殺せと言い、本多正信が殺すなと言うのは本筋である1
 が、これは無かったようだ………  夢が無くなる………

家康に近づくグループ! 藤堂高虎、福島正則、池田輝政、黒田長政………
毛利家と四奉行のグループ!
前田利家、浅野長政、宇喜多秀家のグループ!

以降、家康優位の状態が出来る………


第二章 上杉景勝の覚悟
前田利家亡き後に、前田利長に家康暗殺の疑惑がかかる!!
前田家は屈服する!!  母親を人質に江戸へ差し出す??
この時、細川忠興にも疑いがかかる!!!
息子が前田家から嫁を貰っている???
家康の力が増す………

次のターゲットは上杉景勝である!!
「司馬遼太郎・関ケ原」では、世は謙信の上杉に期待している1
前田家とは違うだろう………
その期待を上杉も分かっている………

● 直江状の真偽は????
 真贋は二転三転している!
 否定派と肯定派の解説がある!
 全体としては信用出来るが、後世の改ざんがある??
 原本がなければこれ以上の論争は難しいと!!!

上杉景勝は蒲生氏郷亡き後、会津に移動になる!! この時問題がある!!
越後から米を持ってきている???  これは禁止のようだが………

● 移動する蒲生家が年貢を持って行ったので、上杉も越後から持って行った!!
その説は?? がらりと印象が変わるが………

新城築城の計画がある!
神指城である!!
名高い牢人を抱え、戦争準備と疑われる!!
藤田信吉が出奔する!! 上杉景勝謀叛の手土産を持って行く………
越後の堀氏は上杉の動向を家康に送り続けた………

● 景勝と利家の連携???  あり得ない! 初めて聞く!
● 家康の真意は、豊臣政権内で自分の力を増すことである! とりあえず………
● 東西邀撃作戦はあったのか??? 「司馬遼太郎・関ケ原」ではあったと!
 絶対にないと今は思うが………  
 連絡が出来ない!! 忍びの者がいるのか??

 兼続への三成の書状は、創作?? 偽書?? その可能性が高い!
● 直江兼続へ関ヶ原の責任を押し付けた! 
 子孫がおらずに断絶になったのでやり易かった?

 毛利が安国寺恵瓊に押し付けたように!
● 真田昌幸は三成挙兵を知らなかった?? 
 三成と、景勝、兼続と特別懇意だったのか?? 
 そうでもなさそうである………

夢が無くなる………


第三章 決起した西軍
「内府ちかいの条々」 家康への宣戦布告である?
① 五奉行である石田三成、浅野幸長を蟄居に追い込んだこと!
② 五大老の前田利長を追い込んだうえに、
  景勝を討ち果たすために人質を取ったこと!

③ 景勝に何ら落ち度がないのに、秀吉の置目に背いて討ち果たそうとしていること!

● 挙兵に積極的に参加した輝元! そのようである!!

会津征伐に向かう家康は決断する!!
小山評定である!!
「テレビドラマ・関ケ原」では福島正則を演じる丹波哲郎が熱演だったが………

● 絶対にあったと思ったが、そうではない!! 
 小山まで行っているが、行かないほうが良かったのか???
 この時に山内一豊は自分の居城を家康に差し出した………
 会議は無かった???  全員集めて会議ではなく、
 書状で了解を取ったのではないかと?


第四章 輝元、吉継、三成の選択

● 輝元は嫌々総大将になっていたのか? 最初はそうでもなかった?
 前田利家が亡くなる!
 七将の三成襲撃!
 家康暗殺計画で、前田利長屈服!
 宇喜多騒動で秀家は弱体化する!
 輝元は家康に対抗しようとした???

毛利の両川はいなく、この時代は吉川広家と、安国寺恵瓊が担当している!
吉川広家である!!
「司馬遼太郎・播磨灘物語」の備中高松城攻防戦の名場面がある!
撤退する秀吉軍を二人の若者が見ている1
吉川元春の息子、元長と、当時経言と名乗っていた広家が見ている!
元長が弟に言う!! 「追うか………」
追えば父元春も続き、小早川隆景も動かざるを得ない!!
後年、広家は同じような場面に遭遇する!!
関ケ原である!! この時毛利の大軍が参戦しておればどうなったか??
この時の毛利の大将秀元は、これを見ている!
以後、広家に対しては冷たかったようだ…………

「司馬遼太郎・関ケ原」
人の好き嫌いを表に出さない秀吉が、あからさまに広家を嫌った?
殿中で浅野長政と殴り合いの喧嘩をしたと!!

● 広家は安国寺恵瓊に責任を押し付けた! そんなものなのか?
● 輝元は西軍の総大将と位置付けられている! 合戦当時は寝返っている?
 井伊直政、本田忠勝と、吉川広家、福原広俊の血判起請書がある!
 ただ関ケ原の毛利秀元、安国寺恵瓊はそれを知らない! 
 状況により西軍参戦もあり得る?

● 大谷吉継と石田三成は友情で結ばれている? 有名なお茶事件がある!
 しかし家康派と見られていた? 現実に家康のために動いている?
 病気前は奉行として活躍していた! 現実を見据えていたのか??
 家康派と言っても、それが豊臣のためになると!!!
 だんだんと家康から離れていったようだ………
 そうして三成の誘いに乗った? 豊臣のためと思っていた!!
 お茶の友情ではないと!!!

 石田三成である!!
 有能な家臣を集めている! それで支えられている!!
 兄に父親も能力があった! 抱えた家臣は………
 筒井家牢人 島左近!
 天下の高名な渡辺勘兵衛!
 秀次牢人 舞兵庫、大場土佐
 蒲生家牢人 蒲生郷舎、蒲生頼郷ら「蒲生十八将」たち!!
 特に蒲生家牢人は良く戦っていたと!!
 豊臣政権のキーパーソンである!!
 これは堺屋太一である!
 輝元の家臣の脇差を三成が欲しいと言った!
 これに対して輝元は直ぐに渡すように命じた!
 理由も分かっている!
 その脇差を秀次も見ている! 秀次が欲しい言ったら困ると!
 三成がいかに重要な人物かを説明している!

● 二老四奉行制!
 毛利輝元に宇喜多秀家、浅野長政を除く四奉行である!
 三成は西軍に必要だった!!


第五章 関ケ原前夜の攻防
伏見城攻防戦がある!!
● 小早川秀秋は最初から東軍である! 伏見城に入城しようとした!
 入城しておればどうなっていたか???
● やむなく西軍に従った脇坂安治! 播州龍野は脇坂氏が治めていた!
 知らない武将ではないが好きではない! イメージが悪すぎる!
 秀秋もそうであるが、途中からの裏切りは許せない感じである!
● 丹後田辺城の細川幽斎! 攻める方が手を抜いた???

家康本軍と秀忠軍はどちらが精鋭なのか?? 本軍なのか?
個人的意見であるが、総大将が家康と秀忠である!!
能力には月とスッポンほどの差がある???
単に武将の名前と数だけでは判断できないのでは?
秀忠が本軍だとしても、両者がもし戦えば秀忠は勝てるのか??
豊臣の武断派と言われている武将を秀忠では使えない!!
ある程度秀忠に配慮したという事ではないかと思う!!
井伊直政、本多忠勝は家康に付いている! 松平忠吉もである!!
そう言う設問は必要ないのではないか? どんな影響があるのか??
現に秀忠軍には、本多正信、榊原康政が付いている!
決して仲は良くない………

本戦までの地方戦がある!!
● 安濃津城の戦い
● 岐阜城の織田秀信 援軍は来ない!
● 大津城
● 信州上田城 真田の勝ちである!
● 秀忠の遅参 連絡の遅延、悪天候と条件が悪かった??


第六章 決戦関ケ原
関ケ原は東と西を分ける重要な拠点であった!!
この関ケ原には、必然性があったとされる!!
決戦当日は霧である!!
● 井伊直政の抜け駆けで始まった???
 先鋒は秀忠を持ってくる予定が遅れて、忠吉を持って行った???
 色々あるようだが、直政が福島正則に断りを入れて、先鋒になった!
 家康自身抜け駆けを禁じているのに、井伊直政がやるかなと??
● 小早川秀秋への「問鉄砲」はあったのか? 無かったようだ………
 秀秋の家臣たちの家康への接近!
 黒田長政の暗躍!
 逆の三成による高条件の提示もある!
 情勢を見て寝返ったのではなく最初から東軍だった!!
 大谷吉継の陣後に行っている!
 一応関ケ原には言っているが、扱いに差を感じた!
 関ケ原町と垂井町である!! 案内からして違っている??
 大谷吉継の陣から松尾山が見える!!
 裏切った時に、「見えぬ目で見た」とは「司馬遼太郎・関ケ原」である!
 そこで見ていて何とも言えない気持ちになったが………
● メッケル参謀少佐が、関ケ原の配置図を見て西軍の勝ちだと! 
 根拠がない話のようだ!
 しかし配置は悪くなかったようだ???
 いかに石田三成が頑張っても、負けるべくして負けた!
● 宇喜多秀家は精鋭か?
 これは鈴木眞也の一連の本が詳しい!!
 どうも精鋭とは言い難かったようだ!!
 「司馬遼太郎・関ケ原」では1万7千の兵である!
 福島正則6千の兵を撃破できない?? それを疑問に思っていたが………
● 島津義弘の軍は???
 いかな島津とはいえ兵数が足りなかった!!
● 毛利輝元の本心は??
 伊予への出兵を計画していた? 関ケ原は他人任せである!
 総大将がこれでは勝てないと!!
 ドラマなどでは出陣を決めたとあるが、嘘っぱちなのか!!

陣形、軍勢配置、戦闘方法で挽回できる戦いではなかった!!!
負けるべくした負けた!!!


第七章 関ケ原体制の創出
● 吉川広家は自分を犠牲にして毛利本家を残した!
 通説では防長二州は広家に与えられる予定で、毛利家は存続出来ない!
 自ら犠牲にした!!  美談なのか??
 広家は西軍に勝ち目はないと!
 輝元は東軍へと裏切ったが、毛利秀元、安国寺恵瓊は知らない!
 不安があり何度も起請書を求める…… 不安がある!
 「輝元は家康にはめられた」
 広家が毛利家存続に犠牲になった話は疑問視されている!
 安国寺恵瓊に責任を押し付けて、家中の分裂を避けた???
 「司馬遼太郎・関ケ原」 三成が言う!!
 毛利を取り潰さなければ恩賞で与える土地がない???

● 宇喜多秀家の島流し! 最初から八丈島に流す予定だった!!
● 長宗我部盛親の改易! 最初からつぶす気だった???
● 黒田官兵衛の空手形! あてにする方がおかしい!
● 伊達政宗に空手形! 百万石は夢………
● 上杉景勝も米沢30万石へ減封!
● 豊臣系は西国、譜代は関東・畿内へ配置する!
● 家康は秀頼の後見人としてふるまう!
秀頼と千姫の結婚!
二重公儀体制??  形だけではないか??
豊臣家の諸権限を自ら行う!! 吸収する!!
征夷大将軍就任、江戸幕府開設がある!

天下取り一直線か???
関ケ原合戦とは何だったんのか?????
家康は秀吉亡き後豊臣政権で重きをなさそうとする!
その延長線上に、徐々に実権を掌握した………
その転機が関ケ原であり、その後征夷大将軍就任に、江戸幕府の開幕になる!


おわりに
史料の正しさの証明は難しい!!
一次史料でも思い違いや、勘違いもある!
ここは正しいが、ここは間違っていると言うところもある!!
関ケ原では、もっとも有名な「直江状」の真贋の問題もある!!
史料の正しさは今後の課題である!!!


関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実・渡邊大門

 

 

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