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2017年3月25日 (土)

本・佐々成政―己れの信念に生きた勇将・郡 順

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なんとしても家康に逢い、秀吉討伐に立たねばならぬ。
それには敵陣の中、越中から真冬の北アルプスを越えて行かねばならない。
信長への忠義の念から、秀吉の天下奪取に抵抗し続けた佐々成政。
武人としての誠実さに殉じた男の生涯を描く書き下ろし歴史小説。

 

あまり印象は良くない武将である。
秀吉を嫌い結局切腹させられた。
軍師官兵衛でも、肥後の一揆の時に登場する。
秀吉を「猿」と呼ぶ!  嫌いだったんだろう・・・・・・
織田家武闘派の巣窟、柴田勝家北国軍団に属する。 武闘派である!
主人公は悪く描かれない。
佐々成政は秀吉に服従しなかった。 織田信長の家臣で、有能だったようだ。

 

母衣武者を努める。
この時、秀吉も引き立てられたと言う。
そうして秀吉も軍団長になる。
成政は柴田軍団の一員である。  差が出来ている。
本能寺の変がある。  この時の対応に悔いが残る。
成政は即時仇討を主張する。 が上杉、一向一揆と対立している。
秀吉は、騙したとはいえ毛利と和議を結んでいる。  中国大返しである。
成政も即光秀を討つことを主張したが、勝家は状況を見る。
自信がある。光秀を討つのは自分以外にいないと!  自信過剰である!
備中高松城が落ちた日に、越中魚津城も落ちた。
備中高松城は城主が切腹している。 越中魚津城は皆殺しになっている。
上杉と和議は結びにくかったと思う!  前田利家、佐久間盛政も勝家に従う。

 

清州会議、賤ヶ岳の合戦になる。
成政は上杉の押さえで動けない。
そうして加賀の利家と対立する。
賤ヶ岳の合戦後、越中一国を安堵される。
小牧長久手の合戦が始まる。
越中にまで情報は届き難い!
とぼしい情報で判断する。
成政は織田信雄、家康連合軍に参加したい。
直接の敵は利家である。
織田信雄が和議を結ぶ。
成政は浜松の家康のところまで戦うように説得に行く。
有名な「さらさら越え」である。
厳冬の中をアルプスを越えたと言う。
ルートはいろいろな説があるようだが・・・・・・

 

四国長曽我部、九州島津と並び、越中佐々も討伐の対象になる。
成政は降伏すると言うが、秀吉は兵を率いて越中に来る。
降服し、許される。越中一国は取り上げられるが・・・・・・
明智光秀は亀山で今も慕われている。
佐々成政も越中では慕われたようだ。
今も毎年7月の最終日曜日に成政祭があるようだ!

 

成政は側室が7人から9人いたようだ。
『羨ましいが・・・・・・』
秀吉の悪意がある。
肥後一国50万石を与えられる。  肥後は52人の土豪がいる。
言う事を聞かない。  それを見越して、成政を持って行った。
後々面倒を起さない為にも、土豪は滅ぼした方が良い!
その口実を作る為に、成政を送り込んだのか?
本では出て来ないが、小早川隆景・官兵衛が救援に行く。
尼崎で切腹を命じられる!
男の意地を貫き通した人生なのか???



佐々成政―己れの信念に生きた勇将・郡順


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