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2014年4月19日 (土)

本・戦国時代は裏から読むとおもしろい!-「敗者」から見たもうひとつの戦国合戦史・小和田哲男

今川義元から見た桶狭間の戦い、戦国時代の歴史から抹殺された二つの幕府…
歴史の読み方がガラリと変わる大人のための「戦国史」教室。

20140419_book2

最近は著者の本をよく読む。読み返している本も多い。
新たな目で読めると感じている。それだけ歳をとったのか?
歴史は勝者によって残される。
したがって都合の悪いところは書かれない?
そういう目で見た方が確かと言う。
敗者から見れば別の歴史があるかも・・・・・・・・
資料も残っていない中、裏読みをするのか?
戦国時代の定義から始まる。
あまり気にしない。北条早雲から始まり、大坂の陣で終わると思っている。
前半と後半では家臣団が違う。
織田信長は兵農分離をやっている。つまりいつでも戦える。
が信玄等は農民の兵が主体で、農閑期にしか戦えない。
ここでもう差が出来ている・・・・・・

 

負けた方は、負けるだけの理由があるのか?
下剋上!
松永弾正は悪なのか?陶義隆にしても無能な主人より自分が立った方が良いと考えてもおかしくない。
今川義元、本願寺、武田勝頼、明智光秀、柴田勝家、石田三成、播州三木城の別所長治、
備中高松城の毛利、鳥取城の吉川経家、小田原の陣の北条、

反対から見た状況を記述している。
黒田官兵衛が絡んでいるのも多い。
播州三木城の別所長治、備中高松城の毛利、鳥取城の吉川常経、小田原の陣の北条、関ヶ原がある。
負けた方にもプライドがある。
お歯黒をつけているので公家になり軟弱と言うのは間違いのようだ。
詳しく説明してくれている。輿に乗るのも高貴な人なので当たり前と言う。
これを足が短いからとかいうのは間違いのようだ。
子供の頃は、本当に上洛して天下に覇を唱えると思った。
がそうでは無い事も分かってきた・・・・・・・・
少し寂しいが・・・・・・・

小田原北条!秀吉は家康を上洛させるのに母親を人質に出し、妹朝日姫を嫁がせる。
北条は、当家にも礼を尽くしてほしい・・・・・・
これを悪あがきととるのか?
評価は分かれるが、徳川よりは北条は上のランクと思っていたようだ。
こう言う話は面白い。

播州三木城の別所長治。
20ヶ月のろう城に耐えた。結局長治は切腹するが、よく戦ったと思う。
秀吉もよく我慢している。
が秀吉が上月城を攻めているときに、なぜ攻撃しなかったのか?

光秀、三成、勝頼等の負けた理由が見えてくる。
勝ったから強いのか?
それとも強いから勝ったのか?

戦国人物伝がある。
徳川信康はどうだったのか?信長が切腹させたと言うが、実際はどうなのか?
『司馬遼太郎 覇王の家』では信康と家臣との対立があったと言う。
信長は家康に任せた。
岡崎衆と浜松衆の家臣の対立があり、家康が重臣とのつながりをとったのか・・・・・・・

大友宗麟は名君か?暴君か?
秀吉には実子がいたようだ・・・・・・
又木下の姓の話。
他人の家来に手を出す話。
石川数正の引き抜き。よくなかった感じである。
立花宗茂と高橋紹運を大友宗麟が秀吉に直臣にして欲しいと言ったとある。
海音寺潮五郎が記述していたが、『秀吉が欲しいと言ったに決まっていると!』
欲しがるのも考える話である。

著者はよく記述している事がある。
三傑、四天王、七本槍、十勇士、二十四将・・・・・・・・
ゴロ合わせみたいなものなのか?
後世適当に合わせたようだ。
真田十勇士でも食い違いがある。

面白かったです。著者の本はよく読む。
自分で再再確認している感じがする!



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